2回目のアマゾンは、山側のタラポトから入って、サンマルティン県に農園を訪ねた。そこは、ペルー産の中でもとりわけ高品質で、世界のシェフたちが好んで使う「クリオロ種」のカカオが育てられる場所だ。
ところがその農園にあったのは平屋の一軒家のような工場で、「これで本当にカカオを加工するの?」と目を疑ってしまう精米機のような古い機械があるだけ。その工場を囲むように、砂利道にトタン屋根の民家が並んでいる。社長は、Tシャツ短パンに麦わら帽子といった身なりで、バイクに乗ってフラリとやってくる。
「世界的な高品質カカオといわれ、市場価値も高い、世界のショコラティエにもてはやされるあのクリオロ種を加工する工場がこんなみすぼらしいのか! と驚きました」
そこで、太田氏のチョコレートの概念が覆る。それまでは「カカオ=チョコレート」と思っていたものが、栽培を見学し、木からもいだカカオフルーツをじかに味見してびっくり。カカオそのものには、チョコレート感がゼロ。チョコレートをまったく連想できなかったからだ。
カカオの花。
「実は、チョコレートは果肉の中の種から作る発酵食品なんです。果肉を取って、木箱に入れて発酵させます。最初は乳酸発酵、次に酢酸発酵。ちなみに発酵時に取れるジュースからはお酢、カカオビネガーができます」
発酵させる時、最初は、バナナの葉についている「菌」を使う。カカオとバナナは共存植物で、カカオのそばにはバナナが生えやすい。一緒に発酵させても相性がいいのだ。そして発酵後、乾燥、焙煎を経てペーストにしていく。さらに糖分や乳脂肪分を足す、すなわち「追い油脂」をすると、チョコレートになる。
カカオの果肉。これが溶けてカカオの種に染み込み、種をおいしくする。
油脂を足さない「カカオ原種」の可能性
アマゾンのカカオ工場で加工過程を見て、太田氏にはある発想が芽生えたという。それは、「糖分や乳脂肪分を足す前の原種のカカオのまま、日本にも流通させたらどうだろう?」ということだった。
「カカオの原種は、ごまやスパイスのような感覚の食材です。だから、油脂や糖分を足さなければ、精進料理や和食、ベジタリアン料理にも使える。世界が広がる、と思ったのです。たとえば、『くず』で溶けば羊羹になりますし、味噌との相性もいいです」
太田氏は、今年1月に開催されたサロンデュショコラで、「カカオとお肉の煮込み」と「玉ねぎとカカオのグラタン」を提案。秋葉原で4月27日、28日に開催される『dancyu祭2019』では、カカオを入れた「中華ちまき(アマゾンちまき)」と「カカオのラーメン(アマゾンヌードル)」を出品予定だ。
今では京都の「菊乃井」や「美山荘」など、いくつもの老舗料亭も原種としてのアマゾン・カカオを食材として取り入れているが、太田氏は、料理人が使う際には、希望者を募ってアマゾンに連れて行くという。