「去年は2回行きましたが、10月はとくにハードでした。屋根のない車の荷台に3時間半乗せられて、真っ黒になりながら山を登って、車を降りてさらに40分、山を登る。するとようやく、電気もガスも水道もない原住民の集落にたどり着く。そこでは、取れたもの、出されたものだけで生活します」
着いてすぐに出されたウェルカムドリンクは「口噛み酒」。巫女さんがキャッサバを噛んで、分泌された唾液を微発酵させて作る酒だ。それを断ることは交流を拒絶することなので、とにかく飲み干さないといけない。
「もてなしの意味でしょうか、すごく大量に用意されていて……器が空いたら注がれる椀子そば状態でした。同行していたカメラマンは、それを飲んで病院に運ばれました(笑)」
その日のウェルカムスープは「猿のスープ」、夕食のメニューは「カメ」。彼らにとっての普通が僕らにとっての普通ではない。その逆も然り。幸せの感覚も、たとえば「ものを持たない、電気がないから不幸」というのは、日本の現代社会を主軸にした考え方だと気づいたという。
日本人として、日本に生まれ、日本で暮らし、働くというのは一番シンプルな生き方かもしれない。「でも、もしも移動できて、遠くに行けるチャンスがあるなら、ぜひ動いてみるといいと思います。ぼくがガストンに会えたように、必ず出会いがあるし、日本の『普通』が世界の『普通』でないことがわかるはずです」と太田氏は言う。
発酵後の果肉を天日干しにして、3、4日乾燥させる。このあと、焙煎してペーストにしていく。
世界に誇る高い品質のプロダクトを生んでいるのにも関わらず、貧しいままの人たち。彼らに直接会って、違和感を覚えたことが太田氏の新たな出発点となった。
ペルーから帰国後は、フェアトレードや環境問題など、料理を通した社会貢献に力を注ぐ。そもそも「フェアトレードをうたうこと自体がおかしい」と太田氏は言う。「フェアトレードは、当然のことだから」と。
アマゾン現地の生産者が作ったものを消費するだけだった料理人から、生産者の生活に変化を起こす活動の発起人へ。「辺境」だったはずのアマゾンを基点に、原種としてのカカオ、そして生産地の情報が今、太田氏を介してもう一つの辺境「日本」を目指している。
「ぼくはもちろん、いきなりガストンにはなれないけど、ブレない思想があれば、きっと人はついてきてくれると思っています。料理人なので、ご飯を作るぐらいしかできない。だから現地で、カカオを使ったカレーや鳥の丸焼きを作って食べてもらっている。カカオの可能性を、逆に、生産者である現地の人たちにこそ知ってもらいたいんです」
おいしいは世界共通、というのが太田氏の原点だ。
「だから、おいしいと思うものを作って、食べてもらって、共感してもらって、共に進んで行くことが正しい。そう信じています」
太田哲雄◎1980年生まれ。カカオブランド「LA CASA DI Tetsuo Ota」を運営する。19歳でイタリアに渡り、その後スペイン「エル・ブジ」、ペルー「アストリッド・イ・ガストン」などに勤めるうち、食材の原種に強い興味を持ち始める。土着の食文化を求めて単身ペルー・アマゾンへ。帰国後は料理教室を主宰しつつ、飲食店にカカオを紹介する活動を精力的に行う。著書に『アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所』(講談社)。4月末、軽井沢に、カウンター6席だけのイタリアンレストラン(2階は菓子工房)「LA CASA DI Tetsuo Ota」をオープン予定。