「ペルーでも、たとえば首都のリマで暮らしている人たちにとって、アマゾンはアンデス山脈を超えた遥か未開の地。レストランではアマゾンで栽培された食材が潤沢に使われているのに、原産地に行ったことがある料理人には出会えませんでした。でも、僕は行ってみたいと思いました」
太田氏が最初に訪れたのは、「アマゾンの玄関口」と言われるイキトス。「陸の孤島」と言われ、陸路では行けないこの町に飛行機で入った。
雨季のアマゾンで水に浸かりながら
しかし、現地のツアー会社を何社も巡り、「自分はガストンのところで働いている料理人だ。食の生産者に会ったり、原住民の人たちの食文化を知りたい。連れて行ってくれないか」と話すも、どこも取り合ってくれない。
ようやく、ある旅行会社の男性の承諾を取り付け、彼に200ドルを渡して一緒に舟をわたるが、アマゾン川を数時間北上した川岸の村で、置いてきぼりにされてしまう。
「その男は、突然現れた裸足のおじさんに僕を引き渡して、さっさと引き返してしまったんです。しかもそのおじさんは、歯が抜けすぎちゃって何を言っているのかまったくわからない。意思の疎通もできないまま、オンボロの舟に乗せられました」
仕方がないから一緒に舟を漕ぐ。漕ぐうちに足元に水が溜まってくる、せっせと水をかき出す、また漕ぐ……を、繰り返すこと約3時間。「お腹が空いた」と手振り身振りで伝えると、魚を売っている子どもたちの舟から生魚を買って手渡してくれたが、調理器具もなく、食べるすべがない。
ようやく集落に着くと、現地の女性に引き渡され、家に招き入れられた。ウェルカムドリンクを出されるが、入っていた瓶は中身が見えないくらいに汚れている。おそるおそる中を覗くと、ウーパールーパーのような、巨大なおたまじゃくしのような生き物が、プカプカと浮いている……。
「でも、数日たったらそのドリンクも飲めるようになってましたね。アマゾンの家のテーブルは虫だらけなんです。アリの行進は日常で、甘いジュースとかを置いておくとグラスによじ登って、中の液体の中を泳いで、逆の側面から降りていく。アマゾンのアリはとにかく強い。葉っぱの上に乗って、川を渡ったりもします」
アマゾンは天候も厳しい。いきなりバケツをひっくり返したようなスコールに襲われる。その頃は雨季だったこともあり、常に半分浸水した家で、水に浸かりながら生活したという。
「ハンモックがあるので、乗れば浸からないんですが、ハンモックから落ちるとザブン、です。最近では毎年、希望者を募って料理人を連れて行っていますが、最初に連れて行った1人は、疲労とカルチャーショックのあまり、帰りの飛行機で『失神』していた、と言っていました(笑)」