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木村石鹸工業代表取締役社長 木村祥一郎

先代から受け継ぐ釜焚き製法で職人が石鹸を手作りする老舗の木村石鹸工業。古くて非効率な製法のまま事業を成長させる手法に、地方企業の成功モデルを見た。


古くて、非効率。伝統製法を変えずに、なぜ売り上げが倍増したのか──。木村祥一郎の実家もあった大阪府八尾市の本社を訪ねた時のことだ。小学生の頃、夕食後に父親を手伝うのが日課だったという。

父・幸夫は「自前でなんでもする主義」。石鹸工場を増築するため溶接から配管まで一人で行い、それを息子が手伝った。今も工場内の釜を置く土台が一部、味のあるレンガ作りになっているが、これは少年時代に父と積み上げたものだ。

父から息子へ継ぐ美しい後継ぎ物語。そう思えたが、実は木村は内心こう思っていた。

「人生なんで決められなあかんの?」、少年は胸中で誓った。「将来は継がない!」、その反動で憧れたのが「横文字の世界」。同志社大学に進学後は、実家に帰ることも少なくなった。就職活動にも興味がなく、美術・芸術専攻だったため学芸員になることも考えた。

4回生の時、映画サークルのメンバーに誘われてインターネットの検索エンジンを開発することに。仲間とともに「インターネットで作った映画も流せるやん」と盛り上がり、1995年の在学中に起業した。

マイクロソフトの「Windows 95」がリリースされ、米国でヤフーが創業した年だった。木村らが開発した検索エンジン「DRAGON」は注目され、広告やウェブサイト制作も舞い込み、忙しくなった。

一方で父はこう思っていた。「そう長くは続かんだろう」。だが10年経っても息子は帰ってこなかった。

石鹸×インターネット

2007年、転機が訪れた。父が東京出張中に高血圧で倒れたのだ。社内では後継者問題が浮上していた。「ほったらかしにもできんな」。起業したIT企業の副社長を務めていた木村は13年、数年で元の企業に戻るつもりで家業を手伝うことを決めた。ここで、これまで目を背けていた石鹸作りが秘める面白さに初めて気付いた。


釜で煮込んだ石鹸の原料は温風を当て、1週間ほどかけて乾かす。職人は、毎日ひっくり返すようにしてまんべんなく風を入れる。原料は真っ白ではなく、優しい生成りの色合いだ。

チョコレートの原料にもなるヤシ油を使い、今でも職人が五感を大切にして気温や湿度などを判断し、創業時からの釜焚き製法で手作りしている。アルカリの強弱は舐めて調節することもできる。

石鹸は酸と混ざると洗浄力が弱まる特性があり、ボディソープの場合、肌の酸と反応して石鹸成分が肌に残り、皮脂が過剰に奪われるのを防ぐ。配合の仕方によって用途に合わせた使い勝手を実現していた。

「ネットを使ってプロモーションやマーケティングをやれば、もっと魅力的になりそうやな」

当時の木村石鹸の売り上げは、業務用石鹸とOEM製造で年間6億〜7億円で推移していた。06年には生協からOEM製造を受け、トイレのノズル洗浄剤が大ヒットし、同年の売り上げは10億円に。だが類似製品が多く生まれ、翌年には元に戻った。在庫を抱えた上に、固定費や原料代が値上がりしていった。


純石鹸からできたハウスケア&ボディケアブランド「SOMALI」。天然素材にこだわり、創業時から受け継ぐ釜焚き製法で手作りする。ラベンダーやヒノキなど天然精油で香り付けした製品も。

木村はIT企業で培った経験を生かし、家庭用品の自社ブランドの開発とインターネット販売に乗り出した。15年から手がける純石鹸と天然素材で作ったハウスケアシリーズ「SOMALI」は、アレルギーのある人や石鹸ファンに好評だ。自社ショッピングサイト「くらしの丁度品店」やブランドに理解がある店舗など約200店で販売している。

中国向けにネット販売も開始した17年の年間売り上げは、ヒット商品を生んだ06年を超える11億7300万円となった。非効率として切り捨てられがちな作り方にこだわり、魅力を磨き上げるリブランディングで地方にいながら市場を拡大させた。

文=督あかり 写真=アーウィン・ウォン

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