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ブロスジャパン代表取締役社長 浜田 謙

眼鏡製造の国内シェアが9割を超える福井県鯖江市を拠点にするブロスジャパン。職人とともに築き上げたこだわりのものづくりが、人気ブランドを支える。


スモール・ジャイアンツアワードの会場で、ブロスジャパン代表の浜田謙は、集まった200の顔を見回し、3人に目をとめた。自社製品の眼鏡「BJクラシック」をかけていたのだ。すぐに声をかけて打ち解けた。

「友達になると、うちの眼鏡のことを別の友達に話してくれるんです。同じような感性を持ったその友達も気に入って、かけたらまた自慢してくれる。そんな口コミの連鎖だけでここまで来ました」

その連鎖以上の売る物は作れないので、と付言して浜田は微笑む。

大量生産はできない。する気もない。販売を託すのは、商品を職人の「作品」として愛してくれる相手だけ。取引先ではなく、信頼できる友人と考えている。

「こだわりは丸一日でも語れる」という浜田の熱き伝道に接する販売店の人たちも、同じように客に語りかけ、ファンの輪を広げてきた。その輪の中には、星野源や石原さとみなど、撮影やプライベートで身につける芸能人も多い。


新作も続々

浜田の商売の原点は、「心から人に自慢できる物を世に送り出したい」という齢三十で立てた志にある。

京都で生まれ、転勤族の父の影響で各地を転々とする学生時代を過ごした。奈良の大学の農学部を卒業後、大阪に本社がある大手食品会社に入社。子会社でブランドマネージャーとして商品開発に携わった。200人ほどの従業員を統括し、原価試算もすれば人件費も出す。「会社経営に近いことを経験させてもらった」と、大企業での日々にいまも感謝する。

だが30歳で岐路に差しかかる。誕生した長男がアトピーだったのだ。食事には制約があり、自ずと、食材にこだわるようになった。このことが、仕事を顧みるきっかけとなった。

一日数十万単位の食品を作る大量生産は、安価な供給を可能にして、人々の日常を支えている。一つの発注で野菜の相場が動くような仕事は、刺激的でもあった。ただ、人生を賭けるなら、一切の妥協なく、こだわりの塊のような「究極のものづくり」をやってみたい。そんな思いが高じ、浜田は会社員生活に終止符を打った。

この時点では「究極のものづくりができるなら米でも良かった」。が、妻の実家が鯖江の眼鏡製造会社だったことから、半年修業してみることに。鯖江の眼鏡産業は分業制で、数百もの会社が一つの共同体のようになっている。そこで目にした職人たちの技術力に感動した浜田は、「これを世界中に広める仕事をしよう」と誓った。

文=秋山千佳 写真=吉澤健太

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