1月8日、フィリピン・サンバレス州スービック湾にある造船所を運営してきた韓国の中堅造船会社の現地法人が、現地の裁判所に会社更生法の適用を申請したのが、事の発端。地元メディアの報道によると、フィリピンと韓国それぞれの金融機関からの同社の負債総額は約13億ドル(約1430億円)となり、数千人が解雇される見通しで、フィリピン史上最大の経営破たんのひとつだという。
そして、そこに「中国企業が買収に名乗りを上げた」(ロドルフォ比貿易産業次官)のだ。
日米の艦船が中国の支配下に!?
スービック湾地域は、1884年にスペインが海軍基地として利用を開始し、1889年には米国に管理権が移り、米軍が撤退する1991年まで米海軍の重要な軍事拠点だった。海軍基地は、その後、スービック経済特別区(SBFZ)に指定される。総面積は760キロ平方メートルと、シンガポールの面積を上回り、工業団地には日系企業も多数入っている。
一方、造船所は2006年に操業を開始し、これまでに123隻の中・大型船を建造。船舶受注残高で世界のトップ10に入ったこともあるが、10年代に造船不況が深刻化してからは下降線をたどってきた(2月13日時点で親会社の韓進重工業も債務超過となった)。
中国が進出する南シナ海に面するスービック湾は、米軍基地がなくなったとはいえ、日本や米国の艦船の寄港地にもなっている。海上自衛隊の護衛艦「かが」は18年9月、初の海外寄港としてスービック湾に入港。在比日本大使館によると、「かが」に乗艦・視察したドゥテルテ比大統領はこの時、社交辞令かもしれないが「日本との防衛協力を一層強化していきたい」などと語った。
仮に中国資本がスービック湾に進出すれば、日米の艦船が中国の監視下に入ることになる。
中国への経済的な包囲網だったTPP
ペンス米副大統領は、18年10月に行った演説で、中国について「(米国の)地政学的な優位性に異議を唱え、国際秩序を有利に変えようとしている」と批判。さらに「関税、為替操作、強制的な技術移転、知的財産の窃盗」に加えて、人権や宗教を弾圧しているとして、中国共産党を名指しで非難した。
経済分野のみならず人権にまで踏み込み、共産党をも標的にしたことから、米中の「新冷戦」が本格化したと内外で受け止められた。
実際、トランプ政権は「ゼロ・サム的なアプローチ」(米高官)で貿易戦争を中国に仕掛けており、トランプ支持層の間では歓迎されている。しかし、こうした強面の手法に艶が感じられないのは、オバマ前政権が中国を念頭に構築しようとした東アジアの多国間の枠組みが軽視され、域内の米軍の前方展開も縮小の危機にさらされているためだ。
オバマ前大統領は、ロシアや中国による「一方的な現状変更」に対して、軍事的な解決より対話を優先させたことから、「弱腰」と批判を浴びた。一方、「世界の警察官を降りた」(オバマ氏)かもしれないが、同盟網の再整備と国際的なルール・規範づくりを主導することで、米国の国際社会における指導的な地位を維持しようともした。
オバマ氏は、11年9月、「アジア重視政策」をぶち上げて、オーストラリア北部のダーウィンに2500人の米海兵隊を展開すると発表。14年4月には、米軍にフィリピン国内基地の共同使用を認める米比の新軍事協定を締結した。これによって米軍は冷戦後、約23年ぶりにフィリピンに回帰した。中国への経済的な包囲網は、言うまでもなく環太平洋連携協定(TPP)だった。
これに対してトランプ氏はTPPを撤退し、米国が主要メンバーである東アジアサミットを事実上欠席。「米軍を韓国に維持するのは非常に高くつく。いつか(撤収)するかもしれない」と在韓米軍の撤退すらほのめかしている。
トランプ政権は、北朝鮮との核協議、中国との貿易戦争とアジアで外交戦線を拡大しているが、政権発足から3年目に突入しても、いまだにアジア外交の司令塔となる国務省高官(東アジア担当の次官補)は不在のままなのだ。
「親中」のドゥテルテ大統領
米国の攻勢に対して、中国側もやられっぱなしではない。中国企業「嵐橋集団(ランドブリッジ)」が15年、米海兵隊が駐留するオーストラリア北部ダーウィンの港湾管理権を獲得(99年の貸与契約)。習近平総書記(国家主席)は17年の共産党大会で「建国100周年を迎える49年ごろ、トップレベルの総合国力と国際影響力を有する『社会主義現代化強国』を築く。世界一流の軍隊を建設する」と高らかに表明した。
先に記したペンス演説は、中国のこうしたスタンスに対応したものだが、アジア各国との連携がないなかで、旧スービック基地が中国企業に狙われている事実の重要性には注意が払われていない。一方、ドゥテルテ氏は「中国企業を扱うのには慣れている」と述べ、中国企業がスービックの造船所を買収しても問題ないとする立場を示している。
フィリピンは、アキノ前政権時代、南シナ海での領有権争いをめぐり中国を国際的な仲裁裁判所に訴え、中国が主張する管轄権を全面否定する勝利を勝ち取るなど対中最強硬派を自任していた。それがドゥテルテ氏に代わって一転、「親中」となり、昨年11月、中国との間で南シナ海での天然ガス・石油を共同で資源探査する覚書を交わした。
スービック湾の造船所買収には、日本や豪州の企業も手を挙げている。フィリピンのロレンザーナ国防相はメディアに対して「フィリピンが造船所を引き継ぎ、海軍基地を保有したらどうか。造船技術も取得できる」と述べたが、中国へ軸足を移したとされるドゥテルテ氏が耳を傾けるかどうか。
トランプ政権の米国第一主義の外交政策は「アジア軽視」と表裏一体になっており、たとえ貿易赤字の縮小や知的財産の保護などで中国を屈服させたとしても、長期的には中国によるアジア支配の勢いを阻止するのは難しいようだ。
連載:ニュースワイヤーの一本
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