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M&AクラウドCEO 及川厚博

Forbes JAPANでは、次世代を担う30歳未満のイノベーターにインタビューを行う「NEXT UNDER 30」をスタート。2018年8月に、Forbes JAPANが開催した「30 UNDER 30」特集。そのときに取り上げきれなかった、知られざる若手イノベーターたちを継続的に取り上げていく。

学生のときに起業、その後2回のバイアウトを経験し、3社目となるM&Aクラウドを経営する、及川厚博。BtoB事業のため多くの人の目に触れる機会は少ないが、シリアルアントレプレナーである自身の原体験から、社会課題解決のために真摯に向き合う起業家だ。

同社が提供するサービス「M&Aクラウド」とは、買い手と売り手をつなぐ、M&Aのマッチングプラットフォームである。

設立から3年目と若いスタートアップながらも、シニアアドバイザーである、国際投信投資顧問の元会長 吉松文雄氏などボードメンバーにもベテランが揃う。「結果を出すためには、“正しい努力”が必要」と力強く語る及川氏は、なぜ起業という挑戦を続けるのだろうか。話を聞くと、並々ならぬ「ストイックさ」がその高いモチベーションを支えていることがわかった。


──率直にお伺いします。29歳で2回のバイアウト、3回の起業をされていますが、なぜ起業という選択をし続けているのでしょうか。

多分、過去の原体験が根底にあるんだと思います。

小学生の頃、クラスで読書数のランキングみたいなものが教室に張り出されてたんです。1冊読むとシールが1枚貼られて、1番の人にはプレゼントが貰える、みたいな。それで1番になりたくて、ずっと図書室にこもって本を読み漁っていました。「漫画で読む日本の偉人シリーズ」や「三国志」など、歴史物の本がすきだった。

あと、地元の北海道で会社を経営している父の影響も大きいと思います。すごく真っ直ぐで真面目な父なので、小学生のときに初めてもらったクリスマスプレゼントが「ファーブル昆虫記」とかだった。よく書斎に潜り込んで、父の本棚にあった「燃えよ剣」もよく読んでいました。

それがきっかけか、子どもの頃から漠然と「歴史に名を残したい」と思い始めました。土方歳三かっこいい!みたいな。

──歴史に名を残したいから起業を?

いえ、そのときはまだ小学生だったので漠然と思っていただけです。中学生では野球、高校生では空手に打ち込んだ体育会系の子どもでした。でもどこかでずっと「歴史に名を残すような人になりたい」と思っていて、その時は、イチローとかみたいなスポーツ選手になれば、それが叶うだろうと。

高校時代やっていた空手は、県大会を制してインターハイまで進むことができたのですが、全国レベルには太刀打ちできませんでした。自分の強みは「努力ができること」だと思っていて、空手部のときも人一倍の努力は欠かしませんでした。怪我をしても、骨が折れても試合に勝つために練習を続けていた。それでも、全国の舞台ではまるで歯が立たなかったんです。

「なんでこんなに努力しているのに勝てないのか」そう考え続けていた時、スポーツは先天性、つまり、ある種の「才能」のようなものが占める割合が強すぎると思ったんです。自分の努力や練習環境、練習の方法など、勝負に関わるあらゆる要素の変数を最大にしても、才能には勝てないことを悟りました。

そこで、「スポーツ以外で、歴史に名を残せる職業はなんだろう?」と考え、経営者か政治家を志そうと思い至りました。政治家は、家系に政治家がいることや、その土地との長いつながりなどが重要視されるため、自分の努力では限界が見えたため諦めました。



そこで経営者を目指そうと決めたんです。才能に大きく左右されず、歴史に名を残すことができるとその当時は思ったから。けど、自分は数学が原因で受験に失敗していて、数字に自信がなかったことと、志望大学に落ちた学歴コンプレックスがあったこともあり、まずは「格好いい肩書きがほしい」と会計士の資格を取ろうと考えました。結局簿記1級を取得して、公認会計士の試験は落ちてしまったのですが。

そこから就活をして、コンサル企業から内定をいただくのですが、入社までに1年半くらい時間があったので、会計士の勉強をしていたときの知識を活かして、お試しで起業をしてみたんです。そしたらとても楽しくて、そのまま起業家として今に至る、という感じです。

構成=小野瀬わかな 写真=柴崎まどか

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