ジェームズ・ダイソンには好んで口にするセリフがある。
たとえば、優れた製品について(「本当に優れた製品は、機能を優先したところに生まれる」)、歓迎すべき失敗について(「失敗を楽しみ、そこから学ぶこと。成功から学ぶことはできない」)、そして、若者の可能性について(「できるだけ若くて経験のない人物を採用するようにしている」)。
長年にわたってこうした考えを貫き続けてきたダイソンのインタビュー記事を読めば、必ずといっていいほどこれらのセリフを目にすることができるだろう。
だがここで紹介したいのは、彼が自らの発明について語るセリフである──「私はただ、物事を正しく機能させたいだけだ」。
自宅の物置小屋で5127台のプロトタイプを制作したのちに生まれた紙パックのいらない掃除機や羽根のない扇風機をはじめ、加湿器、空気清浄機、デスクライト、ハンドドライヤーにヘアドライヤー、そして2021年に発売が予定されている電気自動車に至るまで、ダイソンが再発明するすべての製品はこの考えから生まれている。
そしていま、ジェームズ・ダイソンには新たに「正しく機能させたいもの」がある。それは教育だ。ダイソンは17年9月、イギリス南西部の古都・マームズベリーにある本社内に、未来のエンジニアを育てるための大学「Dyson Institute of Engineering and Technology」(以下 Dyson Institute)を開校した。英国のエンジニア不足を長年嘆いていた彼は、自らの手でその問題に取り組み始めたのだ。
「大学にいたころから、デザインとエンジニアリングが別々に存在するのは間違っていると思っていた」
10月下旬のある秋晴れの午後、広大なキャンパス内の「D5」と呼ばれる建物の2階にあるガラス張りのオフィスに座って、ダイソンは言う。長身でがっちりとした体格に銀色の髪、穏やかだがよく響く声。ワークパンツにスニーカーを履いた彼は、71歳になったいまでも毎日多くの時間をこの部屋で過ごしている。
「そして会社を始めてからは、エンジニアを採用するのが難しいことに気づいたんだ。とくに、デザインの経験をもつエンジニアはね」
「それこそがすべきことだと思った」
ダイソンの教育活動は、いまに始まったことじゃない。02年に設立されたジェームズ・ダイソン財団は現在に至るまでに6000万ポンド(約86億円)を教育機関に寄付するほか、エンジニアマインドを育むためのワークショップを世界各地で開催している。そして、20カ国以上から応募が集まる「ジェームズ・ダイソン・アワード」では、若き発明家たちが自らの「課題解決のアイデア」を世界に発表する機会をつくり続けている。
そんなダイソンが新たに学校をつくろうと思った背景には、こんなエピソードがある。かねてから英国のエンジニア不足を憂いていたダイソンは、国の教育政策を率いる大学・科学担当大臣が新しく就任するたびに会いに行き、エンジニアが足りていない状況を改善してほしいと頼んでいたという。
「とはいえ、誰ひとりとして何もしてくれなくてね」と彼は呆れたように言う。何年も状況は変わらぬまま、英国では25年までに180万人のエンジニアが不足するといわれるまでになってしまった。