ビジネス

2018.11.27

「共感」を起点に スマートニュースが目指す次世代ジャーナリズム

浜本階生(左)、鈴木健(右)


世界に影響を与える「問い」への挑戦

現状のスマートニュースを指し、メディア業界では「こちらが出すコンテンツを集約した上にクーポン。彼らが考えているのは、インターネットの未来より目先の収益だろう」と批判的に語る声も少なくない。

それにどう答えるか。鈴木は、情報を(1)視野を広げる「パースペクティブ」、(2)生きていくために必要な「サバイブ」、(3)ビジネス、経済を扱う「ワーク」、(4)スポーツやエンタメなど人生を楽しむ「ファン」、(5)生活に役立つ「ライフ」の5つに整理する。

「新聞は5つのジャンルをすべて網羅し紙面化しています。朝刊には折り込み広告やクーポンも入っている。それは重要な『ライフ』情報です。良質な情報とは決して硬派なニュースだけではないはずだ」と鈴木は反論する。「良質な情報」に反しない限り、彼らはクーポン情報を載せることも、最も読まれるスマートニューストップに広告を掲載することも厭わずやる。

その先に描かれるのは、彼らの新しい夢だ。個人で活動するジャーナリストやノンフィクションの書き手を対象に、調査報道や取材を支援する「スマートニュース メディア研究所」の活動が来年にも本格化する。例えば5年後、メディアやニュースの信頼度を高めるような取り組みがテクノロジーの力を活用してできれば...。歴史に立ち返り、スタートアップ気質のメディアを自分たちが支援できれば...。

彼らの狙いは新しい時代のジャーナリズムを自分たちの投資とテクノロジーから生み出すことにある。アメリカではすでに議論が進んでいる。オンラインニュース・アソシエーション(ONA)の年次総会では、今年もテクノロジーの活用が議論の俎上にあがっていた。彼らのようなテック企業、エンジニアも新しいニュースの世界を切り開くための主要メンバーなのだ。

ニュースメディアの信頼度が下がるなかで、ジャーナリズムの倫理とテクノロジーが切り開く可能性を融合させた、新しい取り組みが必要なのは間違いない。彼らがアメリカで受けた刺激を日本でも、と考えるのは自然な流れだ。

かつて政治学者の丸山眞男は知性の機能を「他者をその他在において理解すること」、つまり他者を内側から理解することと記した。「共感」を起点とするインターネットは、パーソナライズの名のもとに排されている「自分と違うもの」を取り戻す動きになるだろう。もっともうまくいけば、であるが。彼らのインタビューをしていても、起業家と話しているという気がしない。彼らは理想を語る知識人であり、貪欲に技術を開発するエンジニアである。

スマートニュース立ち上げにあたって鈴木は浜本にこんな注意をしたという。「目標のユーザー数が一桁違う。10万じゃなくて100万を目指そう」。いまや、それすらも一桁違うどころか、数十倍のユーザーが彼らのアプリを使うようになった。彼らは幸運なことに夢を形にした時点で、一つの成功を勝ち得た。

それは夢を見続ける権利を得たとも言えるだろう。いまや彼らの夢こそがスマートニュースという企業の社会的な意義と同義になっている。彼らが望んでいるのは教科書にないだけではなく、長い目でみたときに教科書を書き換えるような「問い」だ。

共感を生むニュースアプリと次世代のジャーナリズムが実現するのはいつになるのか。5年後か10年後か、はたまたもっと先の未来なのか、そもそも実現しえない夢なのか。それはもう一つ別の大きな主題になっていくのである。

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浜本階生◎スマートニュース代表取締役社長 共同CEO。2005年、東京工業大学工学部情報工学科卒業。Rmake取締役を経て、12年に「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」をミッションに同社(旧ゴクロ)を共同創業。

鈴木健◎スマートニュース代表取締役会長 共同CEO。1998年慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士。12年に同社を共同創業。著書に『なめらかな社会とその敵』。

文=石戸諭 写真=西澤崇

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