──合意なき離脱が実現した場合、イギリス国内はどうなるのでしょうか
合意なき離脱を果たした場合、2、3年の間イギリスは地獄を見るでしょう。
たとえば、イギリスとEU間のフライトひとつ取ってみても、航空会社はEU加盟国の域内を運航するためのEU単一航空市場とオープンスカイ協定のメンバーから外れるため、イギリスから飛行機で一歩も外に出られなくなる恐れがあるのです。
こうした航空の問題についてイギリスはEUに交渉を求めているのですが、EUは応じていません。
食料品の問題も深刻です。イギリスの食料品はほとんどが輸入に頼っています。合意なき離脱となれば、食料品の検疫が滞って、食料の供給に1週間や1カ月かかる恐れがあると予測されています。
ですので、イギリス国内ではすでに合意なき離脱に向け、政府主導で備蓄が始まっています。特に薬品が顕著です。例えばEU加盟国内で生産されている糖尿病の薬が今の段階で備蓄されています。
他にも食料や水の備蓄が進んでしますが、その結果、倉庫が不足する事態に陥っています。現在、イギリスの金融の中心はシティにありますが、ロンドン東部の倉庫街だったドッグランドが再開発で大きな金融の拠点が出来上がり、JPモルガンやバークレイが移りました。それが裏目に出て倉庫が足りない事態になり、備蓄がままならなくなっています。
このように、イギリス国内では、すでに合意なき離脱を見据えた動きが活発になっています。
──EU加盟国には、どのような影響が及ぶのでしょうか。
もともとEUは統一の財務省、予算局など、一つの連邦政府を形成することを目指しています。そんな中、イギリスがイチ抜けすることになり、EUの存在価値は低下してしまったと言えるでしょう。
さらに、EU統合を推進していたドイツのメルケル首相が、バイエルン州、ヘッセン州の州議会選挙で大敗した責任を取り与党党首を辞任したことも、EUに大きな影響を与えるでしょう。
EUの財政的な問題もあります。イギリスはEU離脱に伴う「手切れ金」として390億ユーロを拠出すると表明していますが、最近になってEUのバルニエ首席交渉官が「金額については合意していない」と述べ、さらなる積み上げを暗に要求しています。
イギリスがEU離脱した後、加盟国間で、イギリスがEUに拠出していた資金を分担することになるため、各国の財政支出が増大します。
一方、EUの歳出削減にも影響が出ます。主に東欧加盟国の経済支援を目的とした結束基金がEUの次期長期予算(2021-2027年)で10%削減されました。これによってポーランド、スロヴァキア、チェコ、エストニア、リトアニア5カ国の基金受け取り分が一挙に25%も減ることになりました。
EUは今、難民問題やメルケル首相の辞任などで揺れていますが、こうした東欧各国からEU離脱の動きが出てもおかしくない状態になっています。特に保守強硬派が政権を握っているポーランドやハンガリーが、こうした離脱カードを切る可能性もあります。
2019年はEUが政治的に激動するでしょう。5月23〜26日に欧州議会選挙があるほか、ギリシャやポルトガル、ポーランドなど6カ国で総選挙がありますから、大きな地盤変化が起きる可能性があります。
──イギリスのEU離脱が大きな山場となるのは、いつになるのでしょうか
EUとの合意ができずメイ首相が合意なき離脱を選択した場合でも、あるいは2年間の交渉期間延長となった場合でも、2019年1月21日までにイギリス議会で承認手続きが始まります。ここが大きな山場となります。
ほとんど可能性はありませんが、遅くても1月21日前後から3月29日までの間にEUと合意を成立させる、あるいは2度目の国民投票を実施するというケースもあります。ただし、国民投票を実施したとしても、「EU残留を支持する」という項目が含まれるかどうかはわかりません。
1月21日前後からの議会承認には、2016年に実施した国民投票と同じく、法的拘束力がありませんが、もし2018年12月13〜14日のEUサミットで合意に至らなければ、来年1月下旬から2月上旬にかけ、イギリスの今後が決まると言っていいでしょう。
まつざき・よしこ◎スイス銀行東京支店でディーラーアシスタントとして入行。その後、結婚のため渡英。ロンドンを拠点に、バークレイズ銀行本店ディーリングルームに勤務し、日本人初のFXオプション・セールスとなる。1997年に米投資銀行メリルリンチ・ロンドン支店でFXオプション・セールスを務め、2000年に退職。その後、個人投資家として為替と株式指数の取引を開始。2007年からブログ『ロンドンFX』、FX会社のコラム、動画配信、セミナーなどを通じて、日本の個人投資家に向けて欧州直送の情報を発信。2017年よりユーチューバーとして「ロンドンFXチャンネル」で動画情報配信、2018年からライブ中継を開始。著書に「松崎美子のロンドンFX」「ずっと稼げるロンドンFX」(ともに自由国民社)