リッジの成長期を長年支えてきたのが、カリスマ醸造家のポール・ドレーパー氏だ。スタンフォード大学で哲学を専攻し、大学卒業後、イタリアやフランス、チリでの長期滞在を経てカリフォルニアに戻った。その後、リッジの創設者との出会いがきっかけで、1969年からリッジのワイン造りに携わることになる。
ドレーパー氏の参画により、栽培や醸造が刷新され、きめ細かなワイン造りにより品質や評判が上昇していく。この頃は、上述の「パリスの審判」を契機に、カリフォルニアワインが世界に躍進した時代。栽培・醸造技術の向上や、ワイン産業への人材や資金の流入も著しかった。リッジは、カリフォルニアワインの成長とともに、一流のワインとしての地位を確立し、ドレーパー氏自身も、数々の国際的な賞を獲るなど、醸造家として名を馳せた。
2016年、80歳だったドレーパー氏は、リッジの引退を発表した。その後も会長として関わっているが、モンテベロの醸造は、後任のエリック・ボーハー氏に託されている。ボーハー氏は、化学と微生物学がバックグラウンドだ。
リッジ・モンテベロの醸造責任者のエリック・ボーハー氏(右)と大塚グループの黒川信治氏(左)
「アメリカスタイル」のボルドー・ブレンド
リッジは、野生酵母でアルコール発酵を行うなど、自然で伝統的な手法でワインを造る。「自然」というのは放っておいたら良いワインができるということではない。サンタクルーズ山地の自然環境で育つブドウの個性を表現し、美味しいワインに仕上げるために、栽培・醸造において要所で適切な判断をする。これらは長い経験に基づいたものであるが、化学的なデータ分析も怠らない。
例えば、もともとカベルネ・ソーヴィニョンは果皮が厚くタンニンが高いが、山の斜面での過酷な環境で育つと、粒が小さくなり、さらに強いタンニンを持つブドウになりがちだ。赤ワイン醸造において、ブドウの果皮から色素・タンニンや風味を抽出するマセレーション(醸し)は重要な工程だが、リッジでは、ブドウの選果作業を徹底する他、カベルネのブドウから過度にタンニンを抽出しないよう、ブドウを破砕せずにタンクに送り込み、マセレーションの時に種から強いタンニンが出ないように気をつけている。
また、“アメリカ産の樽”を大事にしているのもリッジのワイン造りの特徴の一つだ。モンテベロの熟成では新樽のみが使われるが、そのうち90%以上の大部分のワインをアメリカ産の樽で熟成させる。残りはフランス産の樽で熟成させ、毎年、両者を適切にブレンドして完成品を作っている。
カリフォルニアにおいても、モンテベロのようにカベルネ・ソーヴィニョンを主体としたボルドー・ブレンドのワインは、本国のようにフランス産のオーク樽で熟成させる場合が多い。個性の強いアメリカ産の樽は上手く制御しないと、ブドウ品種の持つ風味を圧倒し、独特の樽香が際立ったワインになる場合があるからだ。
リッジでは、アメリカ産の樽を上手に扱う。モンテベロが持つ、完熟した果実自体の甘みと、樽の個性に負けない凝縮した風味が、アメリカ産のオーク樽特有のココナッツやディルの香りと上手く融合されるのだ。
以前、リッジで働くスタッフが、「リッジは、アメリカで育つブドウで、アメリカ樽といったアメリカの素材を使い最高のワインを作る。アメリカの誇りだ」と言っていたのが印象的だった。