前出の4州は、「ラストベルト(Rust Belt)」と呼ばれる地域に含まれ、アメリカの製造業の中心を担ってきた。しかし、1970年前後から、より安い労働力を求めて生産が国外へと移され始めると、不況の波にさらされ、主要都市は空洞化した。「ラスト」とは「錆」で、打ち捨てられた製造機器を象徴しているが、文字通り「錆ついた地域」でもある。
映画「華氏119」の監督であるマイケル・ムーアは、このラストベルトの1州、ミシンガン州の出身だ。1954年生まれの彼は、地元の大学を中退してから、自ら地元紙を刊行、ジャーナリストとしてのキャリアをスタートする。いわば、この地域の盛衰を、身をもって体験し、目撃してきた人間なのだ。
生まれ故郷への愛着が強い彼は、大統領選挙でも地元を歩き、人々のなかに明らかな変化が起きていることに気づく。それは、前国務長官であるヒラリー・クリントン候補よりも、実業家であり歯に衣着せぬ発言を連発するドナルド・トランプ候補のほうが、明らかに人気を博しているという現実だ。ラスト・ベルトの出身だからこそ、肌で実感できるものだった。
Midwestern Films LLC 2018
ブラックユーモアが炸裂する冒頭
マイケル・ムーアは、2004年に、9.11同時多発テロ以降のアメリカを鋭く抉ったドキュメンタリー「華氏911」を発表、カンヌ映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞したが、今回の作品は「華氏119」。
紛らわしいタイトルだが、「119」というのは、トランプ候補が選挙戦の勝利宣言をした2016年11月9日を指している。つまり「華氏911」に倣えば、「華氏119」は、トランプ候補が大統領に当選した以降の、アメリカの実相を取り上げたドキュメンタリーということになる。
「華氏119」は、冒頭シーンが秀逸だ。誰もがヒラリー・クリントンの当選を確信しているという映像が流された後に、まるであらかじめ予想していたかのように、トランプ当選の瞬間を捉える。クリントン候補の疲弊した表情や支持者たちの落胆が、まるでコメディのように描かれていく。ムーアお得意のブラックユーモアが炸裂している。