なかでもいちばん感激した体験は、遼寧省の葫芦島という地方都市のタクシー運転手との出会いだった。
葫芦島は、敗戦後の昭和21年(1946年)、中国大陸に住んでいた105万人もの日本人が引き揚げ船に乗った場所として知られる町である。数年前、この地に日本の有志が記念碑を建てた。その碑を訪ねたいと思ったが、駅の案内所や町行く人に尋ねたものの、どこにあるか誰も知らなかった。その碑を訪ねるような地元の人はいないからだ。
仕方なく、駅前で拾った若いタクシー運転手に、知人にもらった碑の写真を見せたところ、彼はそれをスマホで撮影して、複数の同業の運転手たちにWeChatで送るのだった。数分後、彼らから次々と情報が届き、結局、1時間後に見つかった。碑は海の見える小高い丘の上にあった。
日本人引き揚げ記念碑は、実際に当時葫芦島から日本に帰国した人たちによって建立された
中国ではタクシーの支払いでも、モバイル決済が普及している。料金メーターの脇にGPS代わりにスマホを置いている運転手も多い。記念碑を探してくれた彼もそうだった。
驚いたのは、ごく普通の地元の青年にすぎない彼が、見知らぬ外国客のために仲間同士で助け合い、誰も知らない場所を探し当ててくれたことである。それが可能となるのも、彼らがグループSNSを日常のツールとして活用しているからだ。いかにもいまの中国を象徴する出来事だった。
重厚長大型の国有企業が多く、経済成長率でみると全国平均に比べて低いといわれる東北三省だが、現地で出会った若者たちは、自分なりに青春を謳歌しているようだった。繁華街の広場では路上ライブを見かけたし、大連では、この夏、熊本県のゆるキャラ「くまモン」のカフェがオープンしてにぎわっていた。
瀋陽では、中国のアイドルグループ「SHY48」が公演する劇場もできていた。ブックカフェが若者のトレンドスポットになっていて、MUJIに代表される日本のライフスタイルを伝える雑誌や書籍も人気だった。無人コンビニの実験店も各地に生まれていた。
中国では「大型偶像団体」と呼ぶ。上海、北京、広州、重慶と瀋陽に劇場がある
進行する監視社会の強化
こうした民間社会の表向きの明るさと対照的なのが、深く進行する監視社会の強化である。数年前から高速鉄道や郊外バスに乗車する際の「実名登録制」が徹底され、乗客は個人身分証やパスポートを提示しなければチケットが購入できなくなった。
これが何を意味するかというと、中国に入国したとたん、移動のすべてが当局に捕捉されてしまうという現実である。その外国人がどの日の何時何分発の列車に乗っているか、入国時のパスポートチェックのとき提供した顔写真と指紋がひも付き、座席ナンバーまで追跡できるということだ。
そして、ついにここまできたのかという事態も起きている。今秋以降、中国ではホテルのチェックイン時にゲストの顔写真の撮影が義務付けられるというのだ。
中国出張の多い友人によると、IT先進地の広東省では、すでに今年初めから始まっていたという。上海では11月から完全義務化されるとのこと。開始時期は地方によって遅れはあるものの、今後、各地で徹底されていくという。
ある現地ホテルの関係者は「お客様がパスポートや身分証を提示された後、フロントに設置されたウェブカメラで撮影し、管轄の警察署に写真が送信されます。中国では身分証の持ち主と実際の宿泊客が違うケースが時折見られ、それを取り締まるのが目的のようです。このルール自体は以前から存在しており、これまで厳格に実行されていなかったのですが、今秋から義務化されました」と話す。