テクノロジー

2018.04.18 07:30

すべての個人情報を捕捉する中国フィンテックの危険性

街角の果物屋でもモバイル決済が当たり前。アプリ会社が割引を補助している。一方、店先に貼り出されたQRコードを狙う輩もいる

街角の果物屋でもモバイル決済が当たり前。アプリ会社が割引を補助している。一方、店先に貼り出されたQRコードを狙う輩もいる

前回でレポートしたが、世界一進んでいるといわれる中国のモバイル決済と、それに付随する各種サービスを体験する日々は、まさに驚きと発見の連続だった。その利便性に感心するとともに、中国社会のさまざまな実相も見えてきた。

たとえば急速な普及の背景について言えば、コンビニやレストランで「ウィチャットペイ」を使って決済すると、割引されることが頻繁にあった。自動販売機でペットボトルのお茶を買う際、モバイル決済なら現金払いより1元安くなった。

この割引額を負担しているのは、「ウィチャットペイ」を提供している中国大手通信企業の「テンセント」で、モバイル決済市場で競合する「アリペイ」の「アリババ」グループとのシェア争いのため、ユーザーにさまざまなインセンティブを与えているのだ。

同様のことは、小売やサービス業者に対してもある。ザルに売上金を放り込んで商売していそうな昭和風の果物屋や屋台までQRコードを導入しているのは、彼らにも利益があるからだ。


屋台でもモバイル決済。ウィチャットペイとアリペイの両方が使える店も多い

こうしたユーザーと事業者双方へのインセンティブの相乗効果がキャッシュレス化の急速な促進をもたらした。日本のクレジットカードの入会時のポイント加算キャンペーンなどとは違い、電子マネーとはいえ、そのまま日々の利用時にキャッシュバックされるのだから、誰もが使わない手はないと思うのだろう。

なにしろ、ほんの数年前まで、14億の人々が偽札をめぐる壮大なババ抜きゲームを繰り広げていたという社会である。偽札はATMにすら紛れ込んでいるため、全国の小売、レストラン、公共交通機関、銀行までが当然のように偽札発見器を使っていた。

一般に日本人はキャッシュレス化しなければならないという切実感が薄いが、中国ではモバイル決済の登場によってその膨大なストレスから解放されたのだから、待望のツールとして受け入れたのも当然だったのだ。

常に自分の位置が把握されている現実

利便性を驚きとともに体験する一方で、そのことと引き換えになっているものは何かを考えざるを得なかった。

高速鉄道に乗る場合、中国オンライン旅行大手の「Ctrip」の海外版である「Trip.com」のアプリをダウンロードすれば、日本語で予約から支払いまでできる。ただし、チケット自体は駅の窓口か町中にある中国鉄道のチケット売場で発券してもらわなければならない。

中国の人たちは国民総背番号制の象徴ともいえる身分証明書のカードを持っているから、駅の自動発券機で簡単にチケットを取り出せるが、外国のパスポートには対応していないため、窓口に並んで受け取ることになる。中国では外国人はなにかと不便なのだ。

背景には、公共交通機関の利用時の「実名登録制」の徹底がある。その徹底ぶりを強く感じたのは、高速鉄道で上海から南京に行った帰りのこと。うかつにも充電器を忘れて外出したため、途中でWiFiルーターが切れ、日本のスマホが使えなくなった。

そのとき、駅の窓口で予約していた列車の時刻を変更しようとしたら、「すでにあなたのパスポートナンバーで座席が予約されているから、『Trip.com』を通して予約の変更手続きをしなければ別の列車に乗ることはできない」と言われたのだ。

結局、近くにいた親切な現地の中国人女性にテザリングしてもらい、彼女のWiFiを借りて変更手続きをすることができたが、どの日の何時何分の列車にこの外国人が乗っているということが、単に名前だけでなく、入国のパスポートチェック時に提供した顔写真と指紋がひも付き、座席ナンバーまでしっかり捕捉されているのだと思うと、ちょっとゾッとした。
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文・写真=中村正人

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