伝統的にイギリスで作られてきた酒は、寒さに強い麦などを原料としたビールやウィスキーだ。しかし今、温暖化の影響で状況が変わり、イギリス製の「スパークリングワイン」が注目を集めている。
イギリス人シェフが率いるシンガポールのミシュラン一ツ星レストラン、ジャーン(Jaan)では、今年7月からイギリスのスパークリングワインを新しくワインリストに追加した。
イギリス南西部デボン出身のシェフ、カーク・ウェスタウェイは「イギリス南西部は土の質がシャンパーニュ地方とそっくり。そこでつくられるスパークリングはミネラル感と清々しいシトラスのような味わいがあり、魚介類、特に貝や甲殻類との相性が良い。すっきりとした繊細な味わいを表現する自分の料理に合っている」と語る。
シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会(CIVC)によると、イギリスは本数ベースで世界最大のシャンパンの輸出先で、これが国産になっていくと経済効果も小さくないだろう。イギリスワインの生産促進機構、ワインズ・オブ・グレート・ブリテン(Wines of Great Britain)によると、ブドウ園の広さは過去10年間で2倍になり、2000年と比べると、3倍になっているという。
その背景にあるのが温暖化だ。イギリス気象庁は、最新の10年予報で、2018~2022年の世界の平均気温は産業化前(1850~1900年の平均)より1度高くなり、さらに、約10%の確率で、少なくとも1年は1.5度を超過する可能性があると示した。確実に気温が上がっているが、問題なのは「一日の中に四季がある」と言われるほどの変わりやすい気候だ。
冷涼で不順な気候では、時にぶどうの収穫ができないほどの冷害にあう。このリスクをどのように回避するかが、各ワイナリーの課題だ。しかし、そんな状況でも、将来的な温暖化を見越してワイン造りに参入する生産者が後を絶たない。
イギリス最大のワイン生産地は、ロンドン南西部。その地域にある「最も小さなワイナリー」はどのようにワイン造りをしているのか。インターナショナル・ワイン・チャレンジのイベントディレクター、クリス・アシュトン氏に案内していただいた。
夫婦が営むハイセンスなワイナリー
小ささを生かし、優れたイメージ戦略でユニークな経営を行なっているワイナリーが、ハイ・クランドンだ。
このワイナリーを作ったのは、南アフリカ出身のオーナー、ブルース・ティンデールとシビラ夫妻。ブルースさんはPR会社のCEO、シビラさんは長年、大きなグローバルブランドのマーケティング担当だった。
夫妻は2004年、リタイヤするにあたってもともと競走馬のパドックだったこの土地を購入。庭を作る際に地面を掘ると、シャンパン地方と同じチョーク質の土壌が出てきたことから、老後の楽しみとして、スパークリングワインを作ることを決めた。