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2018.09.14

「パニクるな!」 岐路に立つテスラとイーロン・マスク

イーロン・マスク (Photo by Chris Saucedo/Getty Images for SXSW)


初のマスマーケット商品「モデル3」の生産は、ブルンバーグの独自調査によると、8月中は目標の週5000台以上をクリアしたが、直近の週は4000台以下に落ちるなど、ブレが大きい。生産が安定すれば収益、株価とも大きく回復する可能性はまだあるが、足元は下振れ基調に見える。資金が枯渇しないですむか、際どいところだ。当局の調査中は新たな負債調達や増資も難しいだろう。

アナリストの評価も真っ二つに分かれるが、最近は「売り」がやや増えた。今月末に締まる四半期決算の内容(発表は11月始め頃と見られる)次第で株価は急上昇かさらなる下落か、命運が分かれるだろう。テスラはまさに岐路に立つ。

イーロン・マスクとハワード・ヒューズ

やることが大きい天才肌のビジョナリーとして、マスク氏は映画や航空機事業に携わった実業家、ハワード・ヒューズとも比べられる。映画「アビエーター」では、レオナルド・ディカプリオがこのエキセントリックな人物を演じた。

ヒューズ氏は庶民の平均給与が1200ドルくらいだった1920年代に、「地獄の天使」という戦争映画に、当時では破格の380万ドルの制作費をかけた。金に糸目をつけず、本物の戦闘機まで買ってきて飛ばしたのだ。資金が枯渇して会社が潰れそうになったところで、映画が800万ドルの大ヒットとなった。

趣味が高じて自分で飛行機を操縦し、北米横断、世界一周飛行の最短飛行記録を次々に打ち立ててヒーローになったヒューズ氏は、次に航空機事業に本格参入。600万ドルをつぎ込んで爆撃機を開発したものの、第2次大戦に米国が参戦を決めた時、競合のダグラスやロッキード社が米軍から大きな受注を獲得する中で、一機の受注も得られていなかった。

ようやく最初の契約にこぎつけたのが、200トンという世界最大の飛行艇「ハーキュリーズ」。建造が困難を極め大幅に遅延したが、ヒューズ氏は700万ドル以上の個人資産を投入して完成させた。滑水テストでは自ら操縦桿を握って巨大な機体を水面から浮き上がらせ、人々の度肝を抜いた。


ハワード・ヒューズ(左、1932年撮影、getty Images)

野心的でリスクの大きい事業に次から次へと私財を投じて勝負に出るところは、マスク氏も似ている。

マスク氏は28歳で最初のネット事業(ネット電話帳サービス)を成功させると、そこから得た2100万ドルをそのまま宇宙事業の「スペースX」と「ペイパル」(当時はX.com)につぎ込んだ。そして、3年後にペイパルがeBayに買われて1億6500万ドルを手にすると、それを今度は電気自動車の「テスラ」と「スペースX」の追加投資にそっくり投入したのだ。

テスラの9月13日現在の時価総額(約490億ドル)の2割程度の保有に基づくマスク氏の資産価値は日本円で約1兆600億円。一方、スペースXの最近の私募ファンディングと54%のマスク氏の保有割合に基づく資産価値は、約1兆6000億ドル。

テスラ株を担保にした600億円を上回る莫大な個人負債を差し引いても、合わせて2兆円を大きく超える。ヒューズ氏が亡くなった時の遺産は今の価値にして4000億円程度と言われるから、マスク氏はヒューズ氏をはるかに超える大富豪だ。

でもその資産は事業の成否で価値が変動する株式で、2008年にはゼロ寸前にまでなった。この年にはスペースXの3度目の打ち上げが連続失敗。テスラも初モデル「ロードスター」が作れば作るほど赤字という高コスト体質と生産遅延で、どちらの会社も資金が底をついて破綻目前だったのだ。

しかし、ヒューズ氏と同様、マスク氏はこの危機をはねのけた。

テスラはマスク氏の追加出資と政府の低金利融資でリーマンショックを乗り越え、2010年に株式公開。第2弾の「モデルS」の生産不調で、再びキャッシュが残り2週間分という財政危機に陥ったが、グーグルへの売却案まで持ち上がったところで車が売れはじめ、初めての四半期利益を計上。株価は5倍に跳ね上がった。

スペースXも、4度目のファルコン1号の打ち上げが成功し、NASA(米航空宇宙局)からの16億ドルの大型受注で危機を逃れた。その後開発された「ファルコン9号」はこれまでに60回近く打ち上げられ、成功率も96%以上だ。

2015年には、ロケットを洋上ステーションに帰還、垂直に着陸させることに成功し、機体の回収・再利用で破格の打ち上げ料金を提供出来るという事業モデルにも道筋をつけた。

はたしてマスク氏は、今回もギリギリのところでテスラの危機を跳ねのけることができるだろうか。
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文=小出フィッシャー美奈

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