料理では、「甘味、苦味、酸味、塩味、うま味」が基本五味とされていますが、日本人は味の表現として「甘味、苦味、酸味、渋味、辛味」をよく使います。
僕はこの5つの味を「手」で表現するのですが、親指が甘味で、ほかの4本が残りの味。どの指ともつきやすい親指(甘味)は日本の食卓でいうお米で、甘辛い、甘酸っぱいと、他のどの指(味)のおかずと合うというイメージです。
またこの日本の五味は、人生にも似ているなと思っています。甘味(幸せ)だけでなく、苦(苦しいこと)、酸(酸っぱい思い出)、渋(渋い出来事)、辛(辛い体験)を知るということによって、人は成長していくのではないでしょうか?
実はこの日はもう一つ、稽古にもヒントが隠れていました。それは、若い力士が何度も土俵で取り組んでいる一方、上位の力士ほど、入念なストレッチ運動やスナップのような手の動きのチェックしかしていないということ。そしてその手のしなやかな動きは、お米を研ぐ仕草に似ているような気がしました。
お米がまずい理由について、親方は「新弟子が力強く研ぐので、お米が割れたり、研ぎ方が雑からかもしれない」と言われましたが、食の面からも稽古の面からも「もしかしたら相撲の基礎は、まずお米研ぎではないでしょうか?」と、新弟子に研ぎ方のコツを伝授しました。
親方は指摘に驚きつつも、青森での幼少期に山菜をおかず代わりにたくさん食べて大きくなったことを思い出し、「お米の研ぎ方を見直し、食事の味付けの改善に取り組んでみる」と早速実践されました。それからの佐渡ヶ嶽部屋といえば、同年の九州場所では多くの力士が勝ち越し、2016年の初場所には10年ぶりに日本人力士(琴奨菊)が優勝という快進撃を続けました。
僕のアドバイスとの関連性は不明ですが、今でも部屋とお付き合いさせて頂けてるのは、食の歪みを見直すことが良い結果につながったからではないかと思っています。つい先日も稽古の見学へ行き、互いにアップデートをしてきました。
伝承された食文化を"忘れる"危険
さて、改めて見る日本の食卓は、西洋文化によってバラエティ豊かになり、またいい意味での日本化によって様々な料理が日本人の味覚に合うようにアレンジされ、根付いていっているように思います。
朝食に味噌汁や焼き魚、夜には時間をかけた煮物という昔ながらの習慣は変化し、朝はパンとコーヒーとヨーグルト、お昼はサラダとスパゲッティ、夜にはお肉と野菜、と欧米化してきている家庭も多いです。
もちろん時代の変化に逆らう必要はないと思いますが、伝承されてきた食文化を忘れる、無視すると歪みが生まれます。ゆっくり「食材の味を引き出した」ものではなく、ファストフードに代表される「味付けされた」ものが増えている事実に目を向け、それを食べている自覚を持ち、今の時代に合うバランスを見つける努力をすることが必要ではないかと思います。
ニースから車で2時間のところにトゥーロンという港町がありますが、ここを中心に毎年、若手選手のための国際サッカー大会が開催されます。ニースと近いこともあり、時間があるときは未来の日本代表選手たちに手塩を込めておにぎりを握り、差し入れに行きます。おにぎりの真ん中には、日の丸を意識して梅干しをひとつ。海外で食べるおにぎりは、日本で食べる以上に力と勇気をくれるものです。
海外へ旅行や出張に行くと、いくらその国の料理が素晴らしくても、なぜかお米が食べたくなるという衝動に駆られたことがある人はたくさんいるのではないでしょうか?
これに対し、糖質制限や炭水化物抜きダイエットの延長で、白米がまるで悪者になっている現在。もちろん食べ過ぎはよくないですが、日本人としてのアイデンティティと誇りを骨抜きにされているような感じがするのは僕だけでしょうか? フランス料理のシェフの疑問です。
ニース在住のシェフ松嶋啓介の「喰い改めよ!!」
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