今回は、S=スタートアップについて(以下、出井伸之氏談)。
2017年7月にオープンしたフランスの巨大インキュベーション施設「Station F」を見たくて、この5月、パリを訪れた。
廃駅の駅舎を改造した3万4000平方メートルの敷地には、約3000のスタートアップ企業が入れるよう、オフィスやワークスペースが見事にデザインされていた。さらに、人が集まり情報共有できるレストランやカフェなども整備され、イベントスペースではいつも何かしら行われているという。
現地で「ミスター出井、30分程度のスピーチを」と突然に依頼されたのだが、メインステージの前はあっという間に150名くらいの人が集まった。ここでは、スタートアップのほか、フェイスブックやマイクロソフトなどの大手企業もプログラムを行なっている。
フランス政府は、国内にあるスタートアップエコシステムを「フレンチテック」と呼び、国際的にアピールしている。その一環としてできたのがこの「Station F」だ。海外からの起業希望者の登録を積極的に受け入れていることも、注目すべきところだと思う。
ソニーもベンチャーだった
今から約45年前、当時まだスタートアップだったソニーがヨーロッパに支社を設立することになり、私はフランスに赴任。日本の小さな企業の一社員が、異国の地で起業した。その頃は、海外からの直接投資の認可が非常に厳しく、一社ごとにその判断も違ったため、スエズ銀行と50:50の合弁でソニーフランスを立ち上げるといった金融ディールも行った。今とは違う様々な規制と壁があり、それは大変だった。
ただ、そんな状況でも、人にはとても恵まれていたと思う。
ソニーフランス設立にあたってエリゼ宮にまで行ってくれた、日本大使館に出向中だった経産省の熊野さん、在仏日本大使の中山さん、ソニーフランスの社長を引き受けてくれたフランス電子工業会の名誉会長のジャック・ドント氏など、たくさんの人に力になってもらった。本当にありがたかった。この人たちがいなければきっと実現していなかっただろう。
シャンゼリゼ通りのちょうど真ん中あたりの66番。ここは、ソニーフランスに先駆けてショールームがあった場所だ。今回のフランス出張でそこへ行き、当時のことを思い出し懐かしむのと同時に、今は全く違う社会になっているとつくづく感じた。
30代前半にこうした経験をしたので、スタートアップがどれだけ大変なのかはわかっているつもりだ。だからこそ、いま、起業しようとしている人たちを助けて、私なりに社会に恩返しをしたいと考え、取り組んでいる。
経営に必要な三大要素
これまで多くのスタートアップをみてきた中で、「成功するかしないかは一体何が違うのか」と聞かれることがある。答えは実に明確で、とにかく“真っ直ぐである”ことだ。何事も真っ当に進められる人は信用され、人望も厚く、あらゆる縁を回し続けることができる人だと思う。
つまり大切なのは、人間力だ。そしてボスのもとに集まってできるチーム力も大事だ。上手くいくかいかないかは、全て人にかかってくると思う。