ジェイアール東海エージェンシーが2014年に行った調査によると、20代のビジネス書読者のうち4割以上が、ビジネス書を買っただけで満足した経験をもつそう。「ほとんどのビジネス書は一時的に『効いた気がする』栄養ドリンクだ」と断じられることもある。だとすれば、価値あるビジネス書とはどんなものなのか。
そんな中で一風変わったスタイルをもつのが、読書猿『アイデア大全』だ。本書は著名な経営者の経験談や専門家のコメントを一切載せず、哲学や経済学、小説家の発想法などあらゆるジャンルの「アイデアを生むための方法」を42個も掲載。さらに特徴的なのは、各アイデア術の内容以上にそれらが生まれた詳細な背景と、年表、索引にページ数が割かれている点だ。「大全」という名が表すように、さながら辞書のような構成をしているのだ。
異様のビジネス書はどのように生まれ、ビジネスマンのジレンマをどのように解消するのか。執筆者でブロガーでもある読書猿氏に聞いた。
既存のビジネス書が「役に立たない」から、自分で書いた
──まず、『アイデア大全』が生まれた経緯を教えてください。
読書猿:元々僕は、インターネットの黎明期からサイト巡りが好きだったのですが、ブログが登場した頃から、情報の質が明らかに下がったように感じ始めました。検索で良い記事が見つからないなら自分で書けばいいじゃない、ということで僕もブログを書き始めたわけです。
おそらくネット初期に情報を投稿していた人たちには、自分たちでネットを良くしようという気概があったと思います。まだユーザーも少なく、閲覧者の多くが執筆者でもあったので、図書館や大学に負けない情報の集積地にしようと張り切っていたのでしょう。しかし、一時期からは知りたいことがあればとりあえずググるのが常識になるくらいに、ネットに情報があるのは当たり前になってしまった。その頃からネットに出回る情報の質も、落ちたように記憶しています。
『アイデア大全』は、同名のブログ記事がフォレスト出版さんの目に止まり、書籍化したものです。既存のビジネス書(アイデア本)に満足できなかったので、自分で役に立つ内容をまとめるために書いたのが、そもそもの執筆動機でした。
──ビジネス書のどのような点に満足していなかったのですか?
読書猿:一番は、長期間にわたって使える本が、ほとんどないということです。書店に並んでいる多くのビジネス書は、成功した人のネームバリューに乗っかった体験談ばかり。個々人の経験によるところが多く、内容も似たり寄ったりだと感じていました。長く読み継がれる本が少ないのは、一部の本を除けば話題先行のものが多いからではないでしょうか。
今回、執筆にあたってビジネス書をたくさん読んだのですが、実際にアイデア出しに悩んだときに使える技術があまり載っていない、長年心理学などで研究されてきた分野なのにそうした学問の知見がほとんど参照されていないという印象を受けました。例えば、数年前に大流行した思考整理本は、セレンディピティについての記述があるのに、その言葉が広まる要因にもなったロバート・マートンについて触れていませんでした。いまは書店でも多くの棚をビジネス書が占めていますが、触りだけ扱った本が多すぎです。
これにはメリットもあります。僕は読書があまり得意ではないのですが、ストーリー仕立てのビジネス書ならスラスラ読むことができ、中学生の頃にビジネス書ばかり読みまくった時期がありました。ビジネス書が読書の入り口になってくれたんです。
『問題解決大全』に掲載している「ピレネーの地図」という技法は、雪山で迷った偵察隊が全く別の山の地図を参照して生還することができたという逸話です。間違った情報でもそれが意思決定の助けになることがある。要するに「間違った地図でも時には意味がある」ということ。とはいえ、ビジネス書を買う人の多くは何らかの形で問題を解決したいと思っているはずですから、そこにフォーカスできるのが一番。「ピレネーの地図」より正しい地図があったほうがいいですよね。それが本書を作った動機です。