ビジネス

2018.05.10 19:00

なぜビジネス書から「わかった気がする」以上の学びを得られないのか


人文知という「武器をつくるための武器」

──どのようにして「役に立つ」アイデア本にしたのですか?

読書猿:本書は、「人文書のアプローチを利用したビジネス書」なんです。アイザック・ニュートンがロバート・フックに宛てた手紙に「巨人の肩に乗る」という言葉があります。先人が積み上げた知識の上に立てば、自分自身はちっぽけであっても相当な高みに立つことができますよね。だから本書では、すべてのノウハウや人名に出典をつけていますし、それぞれのノウハウが成立した歴史的背景を記しています。『アイデア大全』も『問題解決大全』もこれまでにない新しい知識は一つもありませんが、日本のビジネス書にこうしたアプローチを持ち込んだという一点が新しいことだと思っています。

人文学は、「いまどうすればいいか」ではなく、「本来どうあるべきか」までを考える学問です。だから人文書は、我々が忘れていたものも含めて、より深く、様々な範囲に応用できる思考を提供してくれます。

いま、多くの人がビジネス書という実用書を求めているのは、手持ちの知識では目の前の問題を解決できないから。発想法とはそういうときに新たな知識を見つける方法であり、それを提供するのがアイデア本の役目だと思っていて。『問題解決大全』『アイデア大全』が提供しているのは、「武器をつくるための武器」なのです。

──人間の本質を対象にしてきた人文学だからこそ、ビジネスの悩みにも使える深い知識を提供してくれるということですね。だとすれば、そうした悩みを抱えがちなビジネスパーソンこそ、人文書を読むべきなのかもしれません。

読書猿:一方で、僕は人文書にも欠点はあると思っています。実は、「人文書」というジャンルは世界でもかなり珍しい。多くの国では哲学をはじめとする人文科学の書物は大学の出版会によって学術出版として発刊され、主に学生や研究者が購入します。小説などを扱う普通の出版社がこうした本を発刊し、一般の人が買うという文化はあまり多くありません。

ですが、日本の書店では「実用書」とも呼ばれるビジネス書と、人文書はよく対極のような位置付けをされます。「実用的な」ビジネス書と、直接的には役に立たない「教養としての」人文書という区分けです。少し前に大学系の人文系学部の存続意義が問われ、「人文系学問は役に立たない」という批判がなされました。当の人文系の学者はそれに対して、「確かに役に立たないが、だからこそ価値がある」というロジックで反論していたのです。

しかし、この反論はおかしいですよね。人文書は「役に立つ」からです。プラトンなどを読めばわかりますが、人文知は、政治や科学の話、さらには人生を良くする実用的な知識として認識されていました。変化が訪れたのは、明治時代以降。産業が確立し、「教養主義」が登場してから、実用的な知識とは別に「教養として」人文知を学ぶよう推奨されるようになったのです。人文学の危機について話し合うなら、こうした起源の確認は欠かせないでしょう。

だから、本書の執筆は人文知が「役に立つ」ということを示すためでもあります。例えば、「文献調査」の項目で紹介していますが、アカデミシャンの研究手法は、アイデアを生み出すための手法としてかなり有効です。まだ誰も到達していない知の最前線を追求する研究者は、まさに「武器をつくるための武器」をたくさん持っているのです。

「出典」というネットワークが知識を深化させる

──最後に、あらためて読書猿さんが考える、より「役に立つ」ビジネス書とはどのようなものでしょうか。

読書猿:まず、きちんと最新の学説が参照された本ですね。必ずしも学者が書く必要はありませんが、少なくとも個人的な体験が全て正しいというような書き方は不誠実です。

また、これも先ほどの話と共通していますが、出典をもっと大切にするべきですよね。マーケティングの都合などもあって、ノウハウを自分一人で見つけたかのように演出するビジネス本もありますが、それでは読者の成長を阻害してしまいます。出典とは、「巨人の肩に乗る」ための手続きであり、ほかの本との接点です。しかし、日本のビジネス書は原著に出典リストがあっても、邦訳の際にそれを落としてしまうことすらあります。

僕は本を読むスピードが早くないのですが、1つのブログ記事を書くために約40冊を読んでいます。しかし、本を読むスピードはどんどん上がります。1冊目を読破するのに10時間かかったとすれば、10冊読むのにかかるのは20時間です。なぜならまずそのジャンルの中でも優れた本でコアをつかめば、2冊目以降にかかる時間が半減していくからです。

だから読書で大事なのは、実際に本を読むよりも良い本を選ぶこと、そして本と本の結びつきです。出典を参考に次に読む本を決めれば、頭の中にそのジャンルのネットワークがどんどん出来上がるはず。知の結びつきはそうやって形成されるのです。ビジネス書はこうした「つながり」をもっと重視すべきだし、私たち読者も目の前にある本の情報を追うだけでなく、その外部に目を向けることでより濃密な知識を得られるのではないでしょうか。

文=野口直希

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事