「制度を手本にしたい」「ノウハウを持って帰りたい」
今年1月に発売された組織マネジメントの本『ティール組織』(英治出版刊)にポイントサイトを運営するオズビジョンの2つの施策が掲載された。
朝礼前に従業員がお互いの良いところを言い合う、年1回家族を食事に招待して社内ブログに書いたら特別休暇と2万円がもらえる。社員間の絆を深めようと2009年ごろに実施した施策で、今はやっていない。しかし、出版後、様々な会社から問い合わせが相次ぐ。2月にはロシアの銀行最大手「ズベルバンク」極東支社の幹部5人がはるばる視察にやってきた。
「あの2つが切り取られて広まるのは少しもどかしいんです」と社長の鈴木良は切り出した。同社は組織改革のために何十もの施策を試行した。「そのうちのたった2つ。他の会社が真似しても意味がないと思う。組織改革の本質は会社の存在意義そのものです」。
なぜ自分は働くのか。会社の存在目的は何なのか。当時、経営方針に悩んでいた鈴木が振り絞って出した答えが「自分と従業員の可能性を最大限、具現化できる会社をつくりたい」という思いだった。
鈴木は、一人一人の可能性を最大限引き出すには、「全人格的」なコミットメントが必要だと考える。だから従業員が仕事のことだけでなく、お互いのプライベートもさらけ出せる関係性を目指して、仕組みをつくってきたという。誰が何に共感しているのか
ティール組織、ホラクラシー、人間性経営など、企業の情報を従業員にオープンにして個人の裁量や自由を重視し、上下関係のないフラットな組織にするマネジメント方法や働き方の書籍が増えている。上述のティール組織の日本語版は592ページの分厚い本だが、アマゾンのビジネス・経済書の週間売り上げランキング上位に入った。全国で関連する勉強会やワークショップも頻繁に開かれている。
埼玉大学経済経営系大学院で組織論を研究する宇田川元一准教授はこう語る。「誰が何に共感して売れているのか。実践してきた人に共感が広がっていることは素晴らしいことです。一方で、今の組織に対する不満や怒り、嘆きをティール組織に託している人もいるでしょう」
ティール組織では、著者の米コンサルタント、フレデリック・ラルーが「組織の進化」の段階を色で表す。1段目からレッド、アンバー(琥珀色)、オレンジ、グリーン、ティール(青緑色)の順で、最後のティールが最も進んだ組織形態だ。今の日本の民間企業の多くはオレンジ(達成型組織)に該当する。競争に勝つことが目的で、利益と生産性の向上が追求されるトップダウンのヒエラルキー型だ。最後のティール(進化型パラダイム)に進化すると、個人の自主性と組織の存在目的が重視され、組織構造はオープンでフラットな形になる。
宇田川氏は、実際の組織現象では逆のことが起きていると指摘する。「普通に考えると最初はベンチャーなどティールに近いような組織が、その後に規模が大きくなるなどして効率を求めて機能分化が進むと、徐々にオレンジになっていっています」
一方で、「重要なのは、想定していない問題が起きた時に、その組織での立場にとらわれずに必要に応じて話し合って決められる組織です。ティール組織の本が目指す方向性も同じです」と話す。
今回、既存の上司や部下、組織と従業員との関係性を踏襲しない、ユニークなマネジメント方法を試行錯誤する企業10社を取材した。彼らは、会社の外部や内部で発生する問題に対処するために、知恵を絞って今の形をつくってきた。
フリーランスや副業が増え、雇用形態の自由化が進む中で、会社に所属する意味は何なのか。創業者の多くは、自分らしく働けない現状に直面し、自分や自分のビジョンに共感する従業員が「一緒に働きたい」と思える会社を自らつくり上げた。なぜここで働くのか。その答えを突き詰めると、「働く」を超えた自分らしさと社会との関わり方が見えてくる。