──現在、あなたは業界的に羨望されるポジションのひとつに就かれています。あなたのキャリアを振り返った時、現在の業務に最もプラスだったことは何でしょう?
私はマレーシアの多人種社会の出身で、常にお互いの“違い”を、常に気にしなければならない環境でした。ここで過ごした経験は、私のキャリア全体に活かされています。
学生時代はロンドンのセントラル・セント・マーチンズでファインアートを学んだのですが、アーティストになることは、あまり向いていなかったようです(笑)。ただアーティストに関する多くのことを教えてくれました。卒業後、私は国に戻りキュレーターになりましたが、ロンドンでの学びは、アーティストのあり方や考え方を理解する助けになり、彼らと分かり合い、コミュニケーションを取ることができるようになりました。
アート業界に関わり始めてからは、多くの国で働いてきました。アジアは広大で、豊かな文明を持つと同時に、多くの神話や歴史に影響を受けた、独立したばかりの国の集まりでもあります。多くの異なるグループを扱う時には柔軟な対応が必要になりますが、多様性のある東南アジア出身であるということが、自分の強みになっていると感じます。
──留学生として海外で長い時間を過ごされましたが、東南アジアに戻った時、以前とは異なる視点で祖国の文化を見るようになりましたか? 何か気が付いたことはありましたか?
ロンドンに留学する前、私は自分の国の文化について熟知してはいませんでした。そのため国に戻った時、私は一度英国で学んだことを忘れ、アートを再び学び直し始めました。なぜなら、東南アジアのアートが、西洋の歴史と芸術とは全く異なる物語を経たものだと気がついたからです。貿易の中心地として長い歴史を経て、多くのアイデンティティが入り混じり、東南アジア諸国の芸術は形づくられたのです。
植民地化によって創り出された概念の中で、国はどのように独立し、アートは建国と社会政治という物語のどこに位置されるのか。アートとは異質な切迫感から生み出されるもので、アーティストが“とにかく今伝えたいこと”の表現であり、それは社会的、政治的なことに関連します。そういった意味では、東南アジアのアートに、英国で学ぶ正式な美術教育の側面を適用させることはほとんど不可能です。
──日本のアート市場の特徴と、今後の発展をどのように予測されているかを教えていただけますか?
日本のアート市場はとても安定しています。美術館、ギャラリーモデル、非営利団体など、非常によく発達した収益構造(エコシステム)になっています。日本で最も歴史のある日動画廊は創立90年、東京画廊は50周年を迎えました。この事実だけで、日本市場の奥の深さを伝えるのには十分です。
今回の来日で、新世代のコレクターが活発なことを知りました。大変素晴らしいことです。これが新しい成長を意味し、アート業界のエネルギーと興奮を呼ぶ新たな盛り上がりを生むと願っています。
──まだアートに詳しくない読者でも、アートバーゼル香港は楽しめるでしょうか?
正直なところ、アートフェア初心者はアートバーゼル香港の3万平方メートルを超えるスペースに圧倒されるかもしれませんね。でもまずは、偏見を持たずにいらしていただき、数日間アートに浸り、向き合ってみていただけたらと思います。「何かアートを買わなくては!」というプレッシャーを感じることはありません。きっと楽しんでいただけるはずです。
アデリン・ウーイ◎アートバーゼル ディレクターアジア。セントラル・セント・マーチンズにてファインアート学位取得。2014年にアートバーゼル ディレクターアジアに就任、それ以前の2年間は東南アジア地域におけるアートバーゼル VIPリレーションズマネージャーに従事する。2006~8年にはクアラルンプールを拠点とするValentine Willie Fine Art galleryのキュレーター並びにプログラムディレクターを務める。