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フォーブス ジャパン編集部 エディター

元横浜DeNAベイスターズ、l’unique(リュニック)代表取締役の小杉陽太

身長187cmの長身から投じられる、140km後半の直球に落差のあるフォーク。チームがビハインドで苦しい状態のとき、マウンドに上がり、右腕を振り続けてきた。

彼の名は小杉陽太、元横浜DeNAベイスターズの投手だ。

二松學舍大学附属高等学校、亜細亜大学(中退)、JR東日本を経て、2008年に横浜ベイスターズ(現:横浜DeNAベイスターズ)にドラフト5巡目で指名され入団。“横浜一筋”でプレーを続けた小杉だったが、2017年10月5日に球団から戦力外通告を受け、引退を表明。約9年間の現役生活にピリオドを打つことを決めた。

横浜DeNAベイスターズから球団職員への打診もあったが、球団からの打診を断り、小杉は自らの会社を立ち上げる道を選択。そして2017年11月1日、イベントの企画や制作、PRなどを手がける「l’unique(リュニック)」を創業。プロ野球選手から起業家へ、華麗な転身を遂げた。

「アスリートのセカンドキャリア問題」と言われるなど、引退したアスリートの多くは引退後のキャリア形成に頭を悩ませる。そうした中、なぜ小杉は引退を表明してから1か月も経たないうちに起業家の道を歩み始めることができたのか。そして、彼は事業を通じて何を実現したいのか。本人に話を聞いた。

選手時代から頭の中に「起業」の考えはあった

──2016年シーズンは開幕から1軍入りし、中継ぎ投手としてチームに貢献していましたが、2017年シーズンは1軍での登板を果たせず……。次のシーズンに懸ける思いもあった中での戦力外通告。当時の心境を教えていただけないでしょうか?

小杉:「やっぱりな」と思ったのが、正直なところですね。2017年は1軍での登板機会が1度もなかったですし、2軍でのパフォーマンスも良くなかった。夏ぐらいから「今年でもう言われるんだろうな」という思いはありましたし、変な話ですが、ずっと心の準備はしていて。戦力外通告を受けたら、引退するつもりでいました。

──引退を表明後、球団から球団職員への打診がありました。それを断り、なぜ起業の道へ?

小杉:球団からそういったお話をいただけたことは有り難かったです。9年間お世話になりましたし、感謝してもしきれません。もちろん、一度は球団職員になることも視野に入れて、今後のキャリアについて考えてみました。

ただ、改めて自分は起業への思いが強いと思いましたし、起業するタイミングも今をおいて他にはないなと思い、球団職員への打診はお断りさせていただきました。自分の考えとしては企業に属すると、なかなか辞められないだろうし、自分には家族が居るので会社員を経て起業するのはハードルが高い。引退後というのは、すごくタイミングが良かったんです。

その他の理由として企業に属したら、組織の方針によっては自分がやりたいことはできないんじゃないか、という思いもありました。

また、誰と仕事をするかも選べない。であれば、企業に属してイチから仕事のノウハウを学ぶよりも、自分で会社を立ち上げていろいろと学んでいった方がスピードも速いし、好きな人と働ける。そういった観点から球団職員ではなく、起業する道を選ぶことにしました。

文=新國翔大 写真=小田駿一

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