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世界漫遊の放送作家が旅番組の舞台裏を教えます

(Photo by David Silverman/Getty Images)

「パルマと聞いて浮かぶものは?」と質問されたら、たいていの人は「ハム」と答えるのではないか。

美食の国イタリア、なかでも北イタリア、パルマのあるエミリア・ロマーニャ州は「食の宝庫」と呼ばれるほど豊かな食文化に恵まれている。ハムの他にも、バルサミコ酢や微発泡赤ワインのランブルスコなどは日本でも馴染みが深いし、パスタの定番であるボロネーゼもボローニャのご当地パスタである。

そんな食の宝庫、北イタリアを巡る食紀行の取材でパルマの街を訪ねた。ピンク色の大理石でつくられた大聖堂や洗礼堂が、パルマの街のシンボルである。このピンク色の大理石は、「ロミオとジュリエット」の舞台であるヴェローナ産のものだという。パルマとヴェローナは直線距離でおよそ90km。中世の時代、遠く離れたヴェローナから巨大な大理石を運ぶには、水運が不可欠だった。

パルマ大聖堂が献堂されたのは1106年。その頃のパルマの街の周辺には、湿地帯が広がっていたという。そこに水路を整備するために役立ったのが、牛である。牛の頑張りもあって大聖堂や洗礼堂は無事完成したわけだが、水路の他に、今では世界中の誰もが知る、思わぬ副産物が生まれた。

干拓のためとはいえ、牛を飼えば牛乳がとれる。その牛乳を保存するためにパルマ一帯でつくられたのが、あのチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノである。そしてチーズの製造過程では乳清、いわゆるホエーができる。そのホエーを飲ませた豚からつくられるのが、パルマハムなのである。

素晴らしい土地と食との蜜月関係ではないか。このようにして美食の殿堂、パルマの礎が築かれた。美食が生まれるにはそれなりの理由があるのである。

生産者ごとに味の違いに特徴が

では、そもそもなぜパルマで生ハム生産が盛んになったのか。その理由をパルマハム工場の方が次のように教えてくれた。

パルマと生ハムの関係は非常に古い。紀元前100年には、古代ローマの政治家である大カトーが、パルマ周辺でつくられる風で熟成されたハムについて記している。そう、ポイントは「風」なのである。


生ハム工場の貯蔵庫(筆者撮影)

パルマの南西には、アペニン山脈がそびえる。ティレニア海から吹く湿気を含んだ風は、このアペニン山脈を通ると乾いた風になり、パルマの街に吹き下ろす。乾いた風は豚肉の水分をゆっくりと外に出し、芳醇な香り漂うパルマハムを生み出すのだ。

パルマでハムづくりが盛んになった理由はもう一つある。それはパルマ近郊で塩がとれたことだ。塩はパルマハムにとって必要不可欠で、味を決めるとともに天然の保存料にもなる。パルマの西にはサルソマッジョーレという街があり、そこで岩塩がとれる。この岩塩で豚肉を塩漬けにしてつくられたのが、パルマハムなのである。

風と塩、この二つに恵まれたパルマは、生ハムの名産地として、そして美食の街として、世界的名声を得たのだ。

文=鍵和田 昇

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