このように、80年代から90年代にかけては、官民の動きによって惹きつけられた優秀なハイテク人材が潜在的な起業家層を形成し、多くのスタートアップが生まれてきたのである。その中の一つに、Dell(デル)もあった。同社は、マイケル・デルがテキサス大学オースティン校在学中の84年に創業した。
「デルの成長は多くの億万長者を生み出した。デリオネアなんて呼ばれてね。私も、80年代にデルに入社するために、オースティンに移住してきた一人だ。デルを辞めた後は、エンジェル投資を始めた。それが今の仕事につながるきっかけさ」
ミッチェルが言うように、デルをはじめとしたハイテク企業で資産を築いた層の多くは、エンジェル投資家となった。これが、オースティンでの起業家層を支援する基盤の一つになっている。
エンジェル投資家の集団は、今でもアライアンス・オブ・テキサス・エンジェルネットワークスという非営利法人の形で続いている。全米でも屈指のネットワークと言われ、16年は632人のエンジェル投資がそのネットワークに参加。総計34ミリオン米ドルを、計174社のスタートアップ企業に対して投資している。
オースティン市は現在、官民一体となった産業振興策として、半導体に次いで、クリーンテックに注力。スマートコミュニティ構想を掲げている。通勤者向けのライドシェアサービスを展開する「SPLT(スプリット)」もその構想の一翼を担うべく、市と交渉を進める。同社ビジネスデベロップメント・マネジャーのベンジャミン・セイドマンは言う。
「交通渋滞や二酸化炭素排出といった社会問題を解決するために、オースティン市は我々に興味を持ってくれた。今、共同での取り組みを検討しているところだよ」
米国全土がスタートアップ・ハブとなる時代へ
ここまでオースティンの過去、現在を見てきた。では、シリコンバレーを凌ぐほど、今後も成長を続けていくのか。
Forbes Technology councilによると、オースティンは「Where’s The Next Silicon Valley?(次のシリコンバレーはどこか?)」という調査で上海、トロント、イスラエルに次いで4位となった。全米では1位という結果だ。
「起業家が増えているのは、現実的にはコストが安いからだろうね。オースティンでは、シリコンバレーに比べて家賃や生活費を大幅に抑えることができる。その上、人を雇うコストも割安。だからこそ、シードステージの我々にとってはありがたい環境なんだ」
こう話すのは、ギフトプラットフォームを運営する「Altruus(アルトゥルース)」のCEOフランシスコ・ボニアだ。まだまだ資金的に余裕のないシードステージの起業家が、オースティンを選び、西海岸から内陸へ移り住んでいる。
アルトゥルースのフランシスコ・ボニアCEO。
「そもそも、シリコンバレーに追いつこうとなんか、誰も思っていないんじゃないかな」と語るのは、前述のミッチェルだ。
「シードステージ以降、より大きな資金調達が必要なスタートアップには豊富な資金力を持つシリコンバレーの投資家を紹介しているよ」
ミッチェルはシリコンバレーとオースティンは決して競合する存在ではなく、補完関係をなしているという。つまり、オースティンは全米で見た場合、インキュベーターの役割を担う都市である、と。
「これからは、シリコンバレー一極集中の時代から、アメリカ全土がスタートアップ・ハブとなって、各都市が特徴を生かし、連携しながら、それぞれの役割を果たしていくようになるのではないか」
ポスト・シリコンバレー一極集中時代、都市間競争のカギとなるのもまた、「コラボラティブ」だとミッチェルはいう。その意味において、オースティンは引き続き、有利な位置に立つだろう。
ベンジャミン・デュラハム◎スリルボックス創業者兼COO。2009年にテキサス州立大学オースティン校を卒業後、複数のスタートアップでCMOなどを経験。15年に、360°動画の広告効果分析プラットフォーム事業を行うスリルボックスを創業。