一方で、幼稚園教諭の養成過程や保育士の資格試験の内容についてはどうであろうか。今回、平成26年度の保育士資格試験の「教育原理」の試験問題を入手してみた(下の写真)。読者の皆さんには、この試験が果たして良質な幼児教育に資するものに映るだろうか。
第6回の記事でイエール大学に隣接するCalvin Hill Daycareの教育内容を紹介したが、良質な幼児教育とは、「遊び」を大切にしながら、現場で子どもたちが見つけたり気づいたりしたことを見逃さず、そこから有機的に学びを紡ぎ出していくまさに職人技である。
例えば今年の夏、Calvin Hillの園庭に3匹の蝶の幼虫を子どもたちが見つけると、そこから孵化までの日数を予測して、実際に数え、大きさを測り、仔細に観察して絵を描き、蝶の絵本を作り、最後は庭に放つ……様々な学びの要素を散りばめながら日々のカリキュラムが展開されていった。同園では、私が訪問した5歳児のクラスだけでも、こうしたプロジェクトラーニングが12名のクラスで4つほど平行して行われていた。
これに加えて、Calvin Hillの現場、あるいはポピンズの保育所でも、一人一人の子どもの成長を深く観察して記録しながら発達に応じたカリキュラム開発を促すための「ドキュメンテーション」あるいは「アセスメント」という評価方法が非常に重要だとされている。
こうした教育を提供できる能力と、寺子屋に関する知識の間に、どれほどの関係性があるのだろうかと疑問に思うのは私だけだろうか?
3. キャリアアップ研修と待遇改善
質の改善といった時に、真っ先に出てくるのは保育士の処遇改善である。これは我が国でも昨年から取り組まれており、今後さらに予算が積み増されるのではないかとの議論もある。しかし、一定程度の水準まで引き上げた後には、「一律に処遇改善するのではなく、ある程度の教育技術を習得した人にだけ賃金増をする方が望ましい」とKagan教授は語る。
Kagan教授とCalvin Hill DaycareのHorwitz園長(左)
例えばフィンランドでは、施設管理者に加えて、子どもの個性に応じたカリキュラムを策定していくdiagnostician(診断家)と呼ばれる専門家がいるが、この2つのポジションについては一般の教員よりも遥かに良い待遇が用意されている。また、英国では4段階、韓国では6段階の職能に応じた待遇レベルがあるという(年功序列ではない)。
これには、轟氏も「処遇改善は一律ではなく、キャリアアップ制度の確立と同時平行でなければならない」と強く同調。さらに、「養成校や就任後研修のカリキュラム改革においては国家資格取得のために実務研修を義務化することが必須である」とも語る。上述の通り、幼児教育はその場その場での子どもたちの発見や遊びに臨機応変に対応し、カリキュラムを有機的に紡ぎ出していく能力が不可欠だからである。
Calvin Hill Daycareの教員複数名に、「教員養成において最も大切なことは何か」と聞いてみたところ、異口同音に「現場での経験値と先輩の先生からのメンタリング」という答えが返ってきた。定期的に最新の教育理論を学ぶこともさることながら、実技が重要だという認識は一致しているようだ。
質の改善のためには、現場での実務研修を含めたキャリアアップ講座と、その修了者への処遇改善が鍵を握るように見える。我が国でもこうした認識から、2018年からは保育士5〜7年目の経験者を対象にして、厚労省が各自治体に義務付けた保育士キャリアアップ研修が本格的に始まるが、轟氏のポピンズでは先駆けて神奈川県、茨城県、福島県のキャリアアップ研修を担っている。
指定8分野中、1分野15時間(3日間)研修を受けるとリーダーに認定されて、月5千円の処遇改善がつくほか、専門リーダー4分野(12日)または3分野とマネジメント研修を習得すれば、月4万円の処遇改善などにつながっていくという。各都道府県で導入されていく研修内容や、導入した都道府県によっての効果測定の行方に注目したい。