ヴェンターは、臨床試験よりもさらに多くのデータを収集する方法が必要だと考えた。そこで登場したのが、2万5000ドルの人間ドック「ヘルス・ニュークリアス」だ。被検者から料金を受け取ることで、データを集めると同時に、収益も得られる。取材時点で、この人間ドックを受けた人は約500人だった。ヴェンターは、年間2000人の利用を目指しており、実現すれば年間5000万ドルの売り上げとなる。当面のターゲットは主に富裕層だが、一部の企業にも重役向けの福利厚生プログラムとして売り込んでいくつもりだ。
医療界からの反発は強い。ピッツバーグ大学の泌尿器科医、ベンジャミン・デイビーズは、ヘルス・ニュークリアスの有効性は「大いに疑問だ」と語る。彼いわく、肺がん検査として行われたCTスキャンでは、60%の患者でフォローアップ検査の必要性があるとの結果が出たものの、そのうち実際にがんを発症していたのは1.5%のみだったことが、最近の研究で明らかになっている。
だがヴェンターに言わせれば、従来型の検査の問題は、得られるデータが多すぎたことではなく、少なすぎたことにある。彼はその証拠として自身の例を挙げる。世界で初めてDNA配列が解析された人物となった彼は、その解析結果から、自分はがん発症リスクが低いものと思い込んでいた。だが前立腺がんが見つかったことを機に、自身の研究チームにさらなる検査を依頼したところ、その「犯人」とみられるものが見つかった。
ヴェンターのDNAには、テストステロン受容体の働きを高める遺伝子が含まれていた。テストステロンは前立腺がんの成長を促すホルモンであり、この受容体の働きが鈍ければ、がんの発症リスクも低いということになる。ヴェンターは、非常に高感度のテストステロン受容体を持っていたことが、遺伝子検査により分かったのだ。
だが、自分の身体に関するデータ収集へのこだわりは、事態の悪化にもつながった。ヴェンターはこの数年前、自身のテストステロン量が低いことを知り、テストステロン増強サプリメントを服用し始めていた(多くの医師はこのサプリ摂取を推奨していない)。これにより腫瘍の成長が加速したことは、ほぼ間違いない。2万5000ドルの人間ドックが抱える真の危険性を示すエピソードだ。
ヘルス・ニュークリアスではこれまでに、約4割の患者で深刻な病気を発見できた。中には、ハミルトン・スミスの肺がんのように、絶対に治療が必要だったものもある。だが過半数の患者にとって、検査結果はそこまではっきりしたものではない。私の場合は幸運にも、MRIによって分かったのは記憶をつかさどる海馬のサイズが人並みにすぎないということだけだった。
もし腫瘍や動脈瘤がみつかったらどうすべきか、この検査を受けたこと自体間違いだったのでは……と思うことは多々あったが、後悔するまでには至っていない。自分に関する知識を得られる、というのは、とても魅惑的なオファーだ。ヴェンターは、人々が持つこの感情を利用し、ゲノム解析に注がれてきた期待を、ついに実現しようとしている。