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2017.11.02 12:00

「大学無償化」で、世界で戦える人材はつくれるのか


「大学無償化」は、一般に、授業料負担を無しにすること、と理解されている。では日本全国の大学の年間の入学金・授業料の総額はいくらなのか。答えは、年間3兆1000億円だという。内訳は、国公立大学が、4160億円、短大が1500億円、私立大学が2兆5500億円と圧倒的に私立大学のほうが大きい。

その後8月にかけて、自民党内で、大学無償化の財源をどうするかということが継続的に議論されてきている。大学無償化そのものの問題点は、次のとおりだ。

1. 成績が優秀で、大学でさらに人的資本を蓄積できる人に給付型奨学金を支給することに反対する人は少ないだろう。しかし、それであれば、給付型奨学金で十分であり、大学無償化をする必要はない。

2. 無償化すれば、進学への障壁が低くなる。優秀なものの進学を助けると同時に、大学に進学しても授業についていけないような人も進学するようになるかもしれない。人口は減っているにもかかわらず、大学数が増加を続けてきた結果、私立大学の一部は定員割れを起こしている。定員割れが続き、学生集めに苦労している私立大学にとっては、大学無償化は朗報だろう。

3. 大学をいかに支えるかは、大きく分けてアメリカモデルと欧州モデルがある。アメリカでは、公費で支えているのは州立大学であり、州内の子弟に対してそれほど高くない授業料で良質な教育を施している。ただし、州外あるいは海外からの学生には高い授業料をとる。カリフォルニア大学などいくつかの例外はあるが、多くの州立大学は教育に専念する大学で、良い研究者を高給で雇用する、ということはない。そして、世界的な成果を生み出す研究者を輩出するのは、ハーバード大学やコロンビア大学など、高い授業料や潤沢な寄付金を集める私立大学である。

このモデルを日本に当てはめると奇妙なことがわかる。日本では、研究系大学は国立大学で、教育系大学は私立大学に多い。また、欧州では授業料が無料あるいは極めて低額である。その理由は、多くの大学が国立であるからだ。ただし、大学授業料を無料にしているような欧州の国々では、付加価値税は16%から25%である。つまり、財源の裏づけなくして、授業料無償化はあり得ないのだ。

4. アメリカ・欧州モデルと比べ、日本の大学無償化はどういう意味を持つか。それは私立大学が私立大学でなくなり、より積極的に私立大学を国立・公立化するということだろう。では、日本の大学に必要な改革は何か。それは、世界に通用する研究者を高給で処遇して、世界で戦える人材を育てるような教育をする研究系大学(大学院大学)と、優秀な官僚や企業人材を即戦力として供給できる教育系大学へと分化していくことである。

研究でも、教育でも、社会が必要とする人材を予想して研究・教育内容を柔軟に変える必要がある。そのプロセスでは、大学が機動的に動けるように、文科省による規制や管理はできるだけ少ないほうが良い。学部の新設や、定員の変更もできるだけ自由に行うことが成功につながる。そう考えると、大学無償化は、いま日本の大学が向かおうとしている方針とは真逆の動きになるだろう。

結局、文科省の天下り問題、加計学園問題、大学教育無償化の問題をすべて貫いているのは、文科省も族議員も、世界で戦える大学をつくろう、とか、世界で戦える人材をつくろう、という戦略的な考えをもっているわけではないということだ。

文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN No.40 2017年11月号(2017/09/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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