「このままではだめだ。この国の医療がこれから先の50年も、ずっとこんな状態でいいはずがないと思いました」
しかし、どうすれば自分のアイデアをビジネスにできるのか、皆目見当がつかない。そんなとき、ある投資家が紹介してくれたのがオーウェン・トリップだった。のちに共同創業者として、ともにグランド・ラウンズを立ち上げることとなる人物である。ふたりは即座に意気投合した。
トリップは小児科医の息子として生まれ、もともと医学を志していた。しかし、大学生だった00年代初頭に米国初の広域無線LANサービスを立ち上げてからは、テクノロジーにのめりこむ。イーベイやアクセンチュアを経て、06年に個人に関するネット上の評判を管理する「レピュテーション・ドットコム」を創業し、注目を集めていた。
トリップはホフマンと出会い、いま自身がもつ技術で、かつて自身が志した道に革命をもたらすことができると確信した。もともとホフマンが描いていたのは、医師のための患者絞り込みサービスだったが、トリップはそこに、テクノロジーを用いた破壊的イノベーションを見出したのだ。
「私が出会ったのは、人を救うことを仕事にしている男でした」と、トリップは語る。「ホフマンは人を救うことができる。しかし、彼は“スケーラブル”ではない。助けになれるはずの患者全員を診ることはもちろん、できなかったのです」
ビッグデータとAIが医療を民主化する
グランド・ラウンズが最初にリリースしたのは、がんのような深刻な疾病を患っていたり、腰部手術などの大きな手術を検討したりしている患者を対象とした、セカンドオピニオンの提供サービスだった。
最初の150件の症例は驚愕の事実をもたらした。その3分の2において、グランド・ラウンズが選定した専門医は、それまでの診断を変えるか、あるいは新しい治療を提案した。そして多くの場合、結果として、最初の医師は誤った診断を下していたというのだ。
米国では、推定で年間10万~40万人が医療過誤によって命を落としている。多くの医療過誤は、誤診や治療のミスだ。12年の調査によると、推定で米国の医療予算の3分の1(7500億ドル)が、無駄な治療に浪費されている。それにもかかわらず、医療はある「明白な解決策」の導入に抵抗してきた。それは、ひとつの症例に対し、複数の専門家が診察を行うことだ。
「グランド・ラウンズ」という社名は、医療現場の伝統にちなんでつけられた。これは、医師を一堂に集めて複雑な症例を紹介し、意見交換を行い、確信をもって正しい診断・治療を導き出せるようにする「症例検討会」を意味する。
「よくある誤解は、グランド・ラウンズが単に、1%の富裕層が1%の最高の医療を受けられるようにするためのサービスだ、というものです」
トリップは誇らしげに続ける。「それはまったく間違っている。かつては富裕層や情報強者しか受けられなかった医療を、ブルーカラーの労働者に提供するのが我々のサービスです。富裕層以外の99%が、1%の最高の医療ソリューションを見つけられる、それがグランド・ラウンズです」。
トリップとホフマンの挑戦は、「資本主義が世界をより良くする」、新たな例となるかもしれない。
Forbes JAPAN 10月号(8月25日発売)は医療特集!
「患者が主役の時代がやってくる」と題し、医療イノベーションを紹介する。目次・詳細はこちら>>
Owen Tripp◎グランド・ラウンズ共同創業者兼CEO。イーベイやアクセンチュアを経て、自分に関するインターネット上の記録をきれいにする「レピュテーション・ドットコム」を創業。世界経済フォーラム(WEF)選出の「グローバル・テクノロジー・パイオニア」のひとり。
Rusty Hofmann◎グランド・ラウンズ共同創業者。放射線科医でスタンフォード大学メディカルセンターの教授。難病を発症した息子の執刀医探しに奔走するなかで、「誰もが“ベストな医療”にアクセスできるシステム」の必要性を痛感、グランド・ラウンズを共同創業した。