グランド・ラウンズでは、80名の臨床医がスタッフとして患者の対応に当たっている。彼らの仕事は症状を診断することでも誤診を正すことでもなく、患者と直接やり取りし、専門医の言葉を理解できるよう手助けすることだ。説明もなしに、ただ書類の束を患者に渡すだけでは、効果をあげるには十分ではないとトリップは言う。
社内医師たちは患者と連絡を取り、必要な医療記録を整理し、患者が診療のためにどの程度遠くまで赴く意志があるかといった(基本的だが重要な)質問をする。続いてグランド・ラウンズのデータベースを検索し、患者を適切な医師とマッチングする。
このデータベースは、同社の顧客が提供する保険請求データを基に、全米の96%、約70万人の医師を評価したものだ。評価基準は、医師の研修先、ほかにどのような専門医の指導を受けたか、特定の検査や手術をどれほど頻繁に行っているかといった要素を考慮している。死亡率や再入院率、合併症の発生率など、文字通り数百の項目において、機械学習アルゴリズムが「最も優れた医師」を判断する。
評価対象は医師個人だけではない。例えば、米国で年間3000件しか行われていない手術が必要な顧客に、グランド・ラウンズのデータサイエンティストと社内医師は、執刀チーム全体の経験と技術を査定し、ベストな診療先を提案した。
投資家たちはグランド・ラウンズをどう見ているのだろうか。2011年の創業以降、グランド・ラウンズが積み増した調達額は1億ドルを超える。
ベンチャー投資会社ベンロックのブライアン・ロバーツは、グランド・ラウンズはいずれ、医療のスタンダードになるかもしれないと考えている。数年前、ロバーツはグランド・ラウンズのサービスをベンロックの出資先の起業家たちに提供し始めた。
「すると、2~3カ月で、起業家CEOたちから『父がいま生きているのは、あなたが導入してくれたグランド・ラウンズのおかげです』といったメールが、幾通も届いたのです」
同じくベンロックのパートナーで、オバマ政権下のホワイトハウスでオバマケアの策定に一役買っていたボブ・コーチャーは、がんを患っている10代の姪のためにグランド・ラウンズを利用し始めた。グランド・ラウンズを通じて受けたセカンドオピニオンは当初の診断を肯定するものだったが、化学療法で子宮が損傷を受ける前に卵子を凍結保存することを勧めていた。最初の医師には提案されなかったことだ。
名医を“スケーラブル”に
グランド・ラウンズの構想の種は、スタンフォード大学の放射線科医、ラスティ・ホフマンによって生まれた。
当時、ホフマンのスタンフォード大学のオフィスは、フェデックスで届く医療記録の小包でいっぱいになっていた。静脈の血栓症を専門にしている彼なら自分の病状を診断してくれるのではないかと、必死で助けを求める患者から送られてきたものだ。ホフマンは自分のスタッフとともに、こうした書類に無料で目を通していた。しかし彼にできることは多くはなく、必要な書類記録が抜けていることも度々だった。
そこでホフマンは、医師のもとに入ってくるこういった仕事の優先順位を決める、つまり、「医師向けの、診察すべき患者の絞り込みサービス」をビジネス化できないかと考えたのだ。
その後、この問題はホフマンにとって極めて切実なものになる。11年に、息子のグレイディが、再生不良性貧血という命に関わる病気を発症したのだ。グレイディには骨髄移植が必要だった。通常であれば、骨髄は兄弟姉妹のものが使われるが、ホフマンのほかのふたりの子どもたちの骨髄は適合しなかった。
だが、ホフマン自身の骨髄は適合した。グレイディの主治医には、父親の骨髄細胞の移植は成功するかわからないと言われたが、ホフマンはトップレベルの医療機関の医師たちに連絡を取り、そのなかには親子間移植を執刀した医師もおり、その手術が成功していることを突き止めた。グレイディは父親から骨髄移植を受けた。そして現在、13歳になった彼は、学校のダンスパーティに出かけたり、サーフィンを楽しんだりしている。
息子の病気によってホフマン家にのしかかったストレスは相当なものだった。父親が医師ではない家庭は、どうやって対処しているのだろうか?