ビジネス

2017.06.26

日米スペシャリスト対談 なぜ日本は、HR後進国なのか?

ジョシュ・バーシンと麻野耕司(photograph by Michael Short)


麻野:「短い期間でPDCAを回すこと」が、ビジネスで重要なのは、誰もが知っている。事業活動でP/L(損益計算書)や各種KPI(重要業績評価指標)を用いて行っているPDCAを、組織開発でもエンゲージメントスコアを使って、定量的なアプローチで行うべきだ。

リンクアンドモチベーションでも、調査サービスからクラウドサービス「モチベーションクラウド」へと事業を進化させることで、短い頻度でのデータ取得が可能になった。実際、多くの導入企業が毎月調査を実施。データを頻繁に取得することで、効果的な組織開発に取り組むことができている。

従業員エンゲージメントを高める4つの秘策

麻野:高い従業員エンゲージメントスコアとは、福利厚生をいたずらに充実させるなど、社員を“甘やかす”ことで得られるものでは、決してない。マネジャーが従業員の抱える問題を定量的に理解し、アクションすることが必要だ。そうした前提を共有する前に、日本企業がまず理解するべきなのは、「調べたデータを基に従業員エンゲージメントを高めることが、事業活動にどんなメリットがあるのか」ということだ。

代表的なメリットは(1)離職率の低下、(2)マネジメントコストの低下、(3)顧客満足度の向上、(4)生産性の向上、そして(5)業績の向上。つまり、従業員エンゲージメントスコアは、ビジネスに直結する─この意識が、日本企業には残念ながら希薄だ。

バーシン:アメリカでは、従業員エンゲージメントスコアと業績が連動することは、広く認知されている疑いようのない「事実」。特に、従業員エンゲージメントを高めることに注力した組織開発は、人件費がコストの60%以上を占めるソフトウェア産業において、大きなインパクトを持つ。事実、従業員が会社を高く評価している場合、従業員が自主的に働く割合が30%も高まるという調査結果さえある。

麻野:私たちのクラウドサービス「モチベーションクラウド」の導入企業を対象に、10年から12年のデータを元に、営業利益率と従業員エンゲージメントの関係を調べた結果、最も従業員エンゲージメントの高い企業群では、228.6%の営業利益率の伸びがあった。こうしたデータから、日本においても、従業員エンゲージメントスコアと業績には明確な相関関係があると、とらえている。

日本でも、今後、製造業を含めた多くの企業のビジネスがソフト化する中で、エンゲージメントの業績への影響度合いは加速度的に高まるだろう。なぜなら、ソフトビジネスにおいては商品やサービスを生み出し、届ける役割を担うのは「人材」であり、その人材のパフォーマンスを大きく左右する要素こそが従業員エンゲージメントだからだ。

バーシン:事業面におけるソフト化が進む一方で、組織面における多様化が進むことで、組織開発において従業員エンゲージメントを高める難易度が高まることも、事実。この“チャレンジングな課題”に野心的に取り組む企業の中から、次の時代を制するような圧倒的な業績を残す企業が登場するはずだ。

麻野:また、従業員エンゲージメントのスコアが低いことは、 組織状態、中でもマネジメントやコミュニケーションの状態が悪いことを示すバロメーターともなる。そうした組織では、経営陣がいかに優れた戦略を提示しても、十分な実行に繋がらないことが多い。まさに「笛吹けども踊らず」の状態だ。

バーシン:低い従業員エンゲージメントとは、成長、イノベーション、高い生産性の実現を阻害する“企業のがん”だ。顧客へのサービスの質は低下し、職場の秩序が乱れ、事故や不正が頻発するなど、組織全体を蝕む。すると、従業員の離職・解雇の頻度も必然的に増えるので、新たに人を雇い入れる採用費が、財務コストとして増加する傾向にある。

麻野:アメリカでは、「従業員エンゲージメントが下がることが、財務コスト増加に繋がる」という明確な認識が経営陣にあるが、日本では希薄なケースが多い。日本に比べて、アメリカでは、HR領域でのデータ活用が進んでいることで、2つの要素の関連性が経営陣へと可視化されているからだろう。

では、ここでこの対談の核心に迫りたい。企業はどうすれば、従業員エンゲージメントを高めることができるのだろうか。
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文=フォーブス ジャパン編集部 写真=マイケル・ショート

この記事は 「Forbes JAPAN No.37 2017年8月号(2017/06/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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