ビジネス

2017.01.13

世界の富豪たちが「安藤建築」に託す夢

TADAO ANDO(Photo by Peter Stember)


海外の人たちは私のつくる建築を見て、日本的な感性があふれているといいます。建築のファサードから一切の装飾を省いているという点もありますが、屋外から入り込む自然の光の時間による移ろいを通して建築を構成していることが珍しいのでしょう。

アイキャナーはこうした特性が自分のテイストに合うと感じたのだと思います。技術の進歩で、今日建築の造形や装飾はどこまでも自由に表現できる時代になっていますが、私は造形の先にある空間を主題に据えたいと考えています。一方、住み手もひとりの人間として自らの住まう家にどんな希望や夢を育むのか。明確なビジョンがあるかどうかが問われることになります。

実際、彼からのリクエストは、庭にもとからある大きなポプラの木を残してほしいということで、それ以外の特別な注文はありませんでした。依頼主が自分なりの思いやしっかりとした方針を持って、こちらに委ねてくれると、仕事はやりやすいです。

「シカゴの住宅」の竣工から16年後の13年夏、彼は久しぶりに大阪の事務所を訪ねて来てこう言いました。「東隣の敷地のアパート群を購入したので、アートギャラリーに改造し、住宅と一体で使用したい」。私はシカゴの古い街並みの彩りを残すレンガ造りの既存の建物を残し、補強したうえで、上部にガラスのボックスを増築することにしました。来夏の竣工を目指し、現在工事が続いています。彼が夢に描いたアートと暮らしが一体化した住まいは、まもなく具現化されるでしょう。

「モンテレイの住宅」(2011、写真下)の設計を依頼されたメキシコの資産家ファミリーは、最後まで私を信じて精力的に支援を続けてくれた人たちとして強く印象に残っています。メキシコ第3の都市、モンテレイを代表する名家からメキシコ大使館を通じて私の事務所に連絡が入ったのは、2006年のことでした。最初に頼まれたのは、ファミリーの息子の個人宅の設計です。


翌年3月、私はメキシコを訪れました。彼らは現地では飛びぬけた資産家で、家にはピカソやマチス、ルノアールなどの絵画が飾ってありました。私は国立公園内にある山裾の広い敷地を歩きました。深い緑と美しい山脈を見晴らす絶景を望む高台に周囲の環境に溶け込むような住宅を建てることが、私に与えられた使命でした。建築で大事なことは、地域の風土や歴史、伝統に融合する世界をつくり出すよう、その土地とじっくり対話することです。 

ところが、設計を進めるとともに、現地の施工状況を調べると、我々や施主が求めるクオリティーは、現地の施工技術だけでは実現が難しいことが判明しました。そこで、日本から2名の技術者を派遣し、現地指導させることを提案したところ、すぐに快諾され、3週間ほど現地の作業員と共に、練習用のコンクリート壁を一緒に打設し、技術を伝えました。結果的には、それらの作業員を雇う形で、施主自身が建設会社をつくることになりました。

そこまでしたのは理由がありました。地元モンテレイ大学の理事を務めていたファミリーを代表する夫人は、大学のデザイン学科の校舎もつくり直してほしいと言い出したのです。それが「モンテレイ大学RGSセンター」(2012)です。

キャンパスの入り口に隣接する場所に、ダイナミックなゲート上のフォルムを構想しましたが、特殊な形態ゆえに建築コストが予想以上にかかり、一時工事を断念しそうになりました。しかしそこでも夫人は妥協することなく、なんとかプロジェクトを実現させました。
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構成=中村正人

この記事は 「Forbes JAPAN No.31 2017年2月号(2016/12/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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