ビジネス

2016.12.02 08:00

クラウドファンディングの元祖、キックスターターが起こす「アイデアの市民革命」


9月中旬、ニューヨーク・ブルックリンの閑静な住宅街。この地にひっそり佇む倉庫のような建物が、キックスターターの本社だ。企業名を記した看板や表札はなく、中に入るのに思わず躊躇する。

ニューヨークを拠点とする建築家オリ・ソンダーセンがデザインしたというオフィスでは、社員たちが静かに自分の仕事に打ち込んでいた。コアタイムはなく、仕事をする場所も基本的に自由で、共有スペースのデスクやソファ、図書室、屋上のテラスなど、皆思い思いの場所で作業している。天井まで伸びた大きな窓から自然光が差し込み、開放的で居心地がよさそうだ。

気になったのは、ところどころ空席が目立つこと。広報担当者のジャスティン・カズマークに理由を聞くと、「映画祭や展示会などのイベントが毎日のように開かれているので、外出している社員も多いんです」。

スタートアップといえば、エンジニアやデザイナーなどデスクワークが中心という印象があるが、同社では社員の約4割が「コミュニティチーム」に属し、クリエイター(プロジェクトの立案者)や支援者を直接サポートしているのだという。キックスターターは単にクリエイターと支援者を「お金」でつなぐプラットフォームを提供しているだけだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

キックスターターの共同創業者でCEOのヤンシー・ストリクラー(37)は同社の果たす役割についてこう話す。

「僕らは主に3つの側面からクリエイターたちを支援しています。一つ目はもちろん『資金集め』。二つ目は『コミュニティづくり』。なぜならお金を出してくれた人はファンになって、その後もずっと応援してくれるから。そして三つ目は『アテンション(関心)』。プロジェクトを立ち上げたときがそのアイデアが最も世間の関心を集めるときです。アイデアの最初の段階で人々とつながることができるのは大きなメリットです」

ヤンシーが指摘するとおり、キックスターター(というよりクラウドファンディング全般)の利点は、資金集めに限らず、顧客獲得や市場調査まで一度に行えることにある。また目標金額に達しなければプロジェクトはそもそも成立しないため、実質的に「リスクゼロ」でアイデアを試すことができるのだ。

アイデアがありつつも、それを実現するビジネス上の手段をもたなかった多くのクリエイターにとって、便利で簡単、かつ強力なツールだといえるだろう。だが、このビジネスモデルにも限界はある。

それは仮に資金集めに成功し、最初のアイデアを実現できたとしても、次により大きな成功をつかむのは容易ではないということだ。たとえばキックスターターでプロジェクトを立ち上げ、新製品を5,000個売ることができたとしても、5万個、10万個のヒット作につなげられるクリエイターはそう多くない。

ヤンシー自身、次のように認める。「独立して何かの道でやっていくのはとても難しい。いろんな人の協力や経験者によるメンターシップも必要になってくる。とくにアテンションをめぐる競争は激しい。ネット上では誰もが注目されたがっています。何かを作ることができても、それで多くの人の注目を勝ち取るのは本当に大変です。残念ながら、それは僕らにも解決できないでしょう」

それでも、キックスターターは多くの業界に変革の波をもたらしている。ニューヨークのMoMAデザインストアを訪れれば、(明示こそされていないが)キックスターターのプロジェクトで作られた時計やランプ、蓄音機などのユニークなアイテムの数々を目にするだろう。また昨今、キックスターター発の作品が、アカデミー賞やグラミー賞にノミネートされることも珍しくなくなっている(実際に受賞作も出ている)。
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文=増谷 康 写真=マルコム・ブラウン

この記事は 「Forbes JAPAN No.29 2016年12月号(2016/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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