しかし、ジョブズのスピーチには、終盤に奇妙な皮肉が見られる。予想もしないような異分野の融合や模索が自由な発想をもたらした例を挙げた後に、“自分に誠実であれ”という、どこかしら感傷的な考えかたを訴えてスピーチを締めくくっているのだ。
「ドグマ(教義)にとらわれてはいけない。それは他人が考えたことの結果に従って生きることです。自分の内なる声が、他人の意見という雑音にかき消されないようにしてください。そして何より、自分の心と直感に従う勇気を持ってください」
イノベーションの歴史、とりわけタイムトラベラーたちの歴史から学ぶことがあるとすれば、それは、「自分に誠実である」だけでは不十分ということだ。もちろん、伝統や常識にとらわれるべきではないし、これまで紹介したイノベーターたちも長いあいだ、自分の勘を信じ続ける粘り強さを持っていた。
しかし、自分のアイデンティティやルーツに忠実であることには、それなりのリスクも伴う。それよりも、直感に異議を唱え、未知の領域を探検したほうがいい。ルーティンの繰り返しという居心地のいい状態にとどまり続けるより、異なるアイデアを新たに結びつけてみるべきだ。
つまり、世界をほんの少しよくしたいだけなら、一つの分野の範囲内にとどまって、近未来の扉を一つずつこじ開けていく必要がある。それには、集中力と決意が欠かせない。しかしエイダのように、「隠れた物事を直感で認識できる」ようになりたいのなら-。まぁ、少し迷子になってみたほうがよいのだ。
スティーブン・ジョンソン◎科学ライター。「ワイアード」や「ニューヨーク・タイムズ」などへの寄稿多数。著書に、世界的ベストセラーとなった『イノベーションを生み出す七つの法則』(邦訳:日経BP社刊)など。本記事は、新刊『How We Got to Now』からの抜粋。邦訳は、8月に朝日新聞出版から刊行予定。
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