ではなぜ、ベンチャー企業への出向が、イノベーション人材を育てるのだろうか。
出向経験者の声を集めて見えてきたのは、(1)「0→1の実践経験」、(2)「全体感」、(3)「専門性」という3つのポイントである。
まず、「0→1の実践経験」という点について、これは必ずしも、ビジネスプランや事業計画を作り上げるという意味に限ったことではない。ベンチャー企業には、リソースに限らず、マニュアル・体制といったあらゆるものがない。つまり、手足を動かしながら、一方で再現性を高めるための仕組みを自ら構築していかなくてはいけない。
先に紹介したパナソニック・濱松は「パナソニックの時は、社内に豊富なリソースがあり、それをどうやって活用するかが大切だった。ところがベンチャー企業では、社内のリソースはわずかであり、やりながらリソースを増やしていくしかない。『個』としての能力が最大化されていく感覚があり、さらには、今まで自分が蓄積してきたスキルや人との信頼関係などに気付くきっかけにもなった」と述べている。
また、別の出向経験者からは「事業全体を把握できることが大きいですね。私は営業職ですが、開発者向けの仕様書を作成したり、経営者と事業の可能性について議論をしたりという機会が頻繁にある。業務が細分化した大きな組織では絶対にできなかったことです」という感想をもらった。これが2つ目のポイント、「全体感」である。
他部門のスタッフがどのような課題感を持っているか、経営者がどのように意思決定しているか。当然どの会社にも、部署ごとの課題があり、経営者の意思決定があるわけだが、大きな組織の中ではそれを想像することすら難しい。これが、ベンチャー企業の場合にはすべての課題に対して全員が当事者となる。個人の動きが周囲にどのような影響を与えるか、それが下手をするとすぐ隣の席で起こるのである。
そして最後に、「専門性」。これはベンチャー企業への出向に限ったことではないが、出向経験者の多くが、「違う業界を深く知ることができて、自社の事業に対する新しい視点を得られた」と述べている。
テクノロジーの進化によって競争環境は大きく変化し、業界内での競争に勝てばよいという時代は終わった。これは、一つの専門性を掘り下げるだけではイノベーションの創出が期待できないということを意味している。「パラレルキャリア」や「副業」の是非が議論を呼ぶのは、この状況を反映してのことである。
つまり企業は、新しいイノベーションの担い手として、業種業界を超えて複数の専門性を有している人材を育成していかなければならない。そして専門性を増やすには、企業の枠を超えて人材に機会を提供していくことが必要なのだ。