この舞台を見ている観客も、主人公に感情移入をしてしまう。主人公は、能面のような顔をしたアンドロイド。声を発するモノである。しかし、観客はアンドロイドの「心」を想像してしまうのだ。つまり、関係性の中から、見る側の想像力を豊かにする。それがアンドロイドであり、石黒はこう言う。
「心とは、観察する側の問題なのです」
前述した更生の話でいえば、罪を犯した側の「心」がロボットとの対話で揺さぶられるのだ。
「知能の本質とは何かご存じ?」と、石黒は問う。
「僕たちの目、耳、鼻、皮膚などの感覚器はすべて体の外を向いています。感覚器を通じて他者を観察して、関わりをもちながら、相手を認識します。世界の中で自分はどういうふうに動いているかを読み取り、自分そのものを知る。世界をモデリングするのが知能の根源です。認識した結果、感じるのが心なのです」
石黒らは大阪タカシマヤで接客アンドロイド「ミナミ」を使い、洋服を販売する実験を行った。
「面白いことが起きるという直感はありましたが、想像以上の結果になりました」と言う。2週間の売り上げは60万円。店員の平均を超えたのだ。ミナミには対話の想定シナリオが用意されていた。例えば、客は「そんなこと言うて、また買わそうとして」と言ったりする。人間は軽口を叩いた後、負い目を抱き、フォローしようとして「違う色の服はありますか」と、買い物に一歩踏み込むようになる。人間は初対面の者に対して、ネガティブとポジティブの印象を行き来しながら、信頼できるか判断していく。
ところが、人間の店員を相手にすると、断ることがプレッシャーになったり、面倒さを感じる。相手がアンドロイドだと、前提として「ロボットだから、イヤなら無視すればいい」と思う。だから、ミナミと話すことに抵抗感がない。いつでも断れるという安心感。そして「ロボットだから嘘はつかないだろう」という心理。こうしたことから、ミナミに話しかけやすくなり、消費に繋がるのだ。
ロボットの進化は、人間の機能を代行し、どんどん拡張される。その一方で、ワカマルやミナミの例からもわかるように、相対する人間が自らを投影し、想像することで、コミュニケーションを図る。それが人間の行動を変えると同時に、自己を深く知ることに繋がるのだ。
石黒 浩◎1963年、滋賀県生まれ。ロボット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻・特別教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長&ATRフェロー。JST ERATO石黒共生ヒューマンロボットインタラクションプロジェクト研究総括。人間酷似型ロボットの第一人者であり、2007年、英Synectics社の「世界の100人の生きている天才」で、日本人最高位の26位に選ばれる。