当時、ソフトバンクロボティクスでペッパーの開発リーダーを務めていた林は、各所に改善点を聞いて回っていたが、いずれも動きや会話への要望が中心。“手を温める”という物理的かつ原初的欲求に基づく注文がそれまでなかったからだ。
「情報機器に疎い人ほど、ロボットそのものをありがたがってくれました。これは当初の想定とは違いましたね」と、林は語る。
だが、彼はほかにも似たような体験をしていた。フランスで開催されるイベントにペッパーを同行したときのことだ。林は、急遽組み込まれた英語の会話プログラムでは、現地の来場者とは「コミュニケーションを取れない」と、懸念していた。
魂の依り代としてのロボット
じつは出荷当初、ペッパーは子どもウケがあまりよくなかった。子どもの発する声の音域やペッパーの音声認識の関係で、ペッパーが子どもたちの問いかけを“無視”してしまうケースがあったからである。そこで、フランスのイベントでは会話を諦め、抱きつくと大仰な反応をする動作重視のプログラムに組み替えた。すると、これが大当たり。抱きつくたびに喜ぶ仕草を見せるペッパーに、現地の子どもたちが夢中になったのだ。
こうした経験を重ねるうちに、林は、「人は必ずしもロボットに高度な動作を求めているのではなく、よりプリミティブな欲求を満たす存在として期待しているのではないか」と考えるようになる。カギとなるのは、「寂しさ」「無意識」「非言語(ノンバーバル)」の3点だ。
「『寂しさ』は、人間の生存本能なのです。人は、生きるために集団で狩りや農耕をしてきました。ところが、現代は核家族化により群れる必要がありません。でも、今度はそれが『孤独』という感情として浮き出てきたのです。つい、SNSやゲームをしてしまうのも、そうした不安があるからではないでしょうか」
だからこそ、林は“アニマルセラピー”がそうであるように、ロボットにも人を癒せると信じている。高齢者たちといい、子どもたちといい、誰もがロボットに高性能を求めているのではない。むしろ、“魂の依り代”となることを期待しているのかもしれない。
今春、彼はロボット開発企業「GROOVE X(グルーヴ・エックス)」を立ち上げた。目指しているのは、人々を癒せる“ロボットのディズニー”だ。
林 要◎GROOVE X創業者兼CEO。トヨタ自動車でエアロダイナミシスト(空力技術者)としてLEXUSスーパーカー“LFA”などの開発に従事した後、11年よりソフトバンク孫正義CEOが立ち上げた「ソフトバンクアカデミア」に参加。12年同CEOの誘いを受けて「Pepper(ペッパー)」の開発リーダーに着任。16年から現職。