広告分野で急成長を遂げたユーは、次に「AIは人の『働き方』も変えます」と言う。
「例えばIoTによって、現在、人間の幸福度を測るところまで研究が進んでいます。まず、ウェアラブルがセンサーの役割を果たし、皮膚の温度や脈などから厳密にその状態を把握します。さらにその後、その人の心身がどのように変化するかについても予測することができるのです」
身体情報を使った有名な研究に、マサチューセッツ工科大学とバンク・オブ・アメリカの調査がある。コールセンターのオペレーターたちにウェアラブルを装着してもらい、親しい人間同士で休憩を取り、おしゃべりなどを活発に行うと、身体的な高揚感が増して、休憩後の営業受注率が13%アップ。楽しさが仕事に連鎖していき、本人も周囲も「幸福感」に包まれるというものだ。
こうした身体情報が、Appierのビジネスにもリンクする。「身体情報をベースに、『欲しい』と思うメッセージを必要なタイミングで届けることができます。朝の通勤時間にお腹を空かせながらスマートフォンを眺めていると、自動的にマクドナルドのクーポン付きのバナー広告が画面に飛び込んでくるといった具合です」
身体が何かを欲するときに、幸福感に導くように次の行動を促す、というわけだ。また、意志決定も同様だ。人間は大量の情報を簡単に入手できるようになると、逆に判断ができなくなる。そこに、AIが効果的なヘルプを行う。ユーは、「例えば投資をするかしないかの判断も委ねられます」と言う。
一方、AIは「人間の敵」という論調に、彼は「アンフェアですよ」と、肩をすくめる。彼が研究してきた自動運転車が典型だ。
「AI自動車は非常に成熟している産業です。私の感覚ではAIは、人間よりずっとうまく運転できている。現に数百マイルを何の問題もなく走っています。逆に、人間は交通事故などミスを犯す。それなのに、人は機械のミスに対しては非常に厳しいのが現実です。ただ、ユーザーの立場になって考えると、“失敗ゼロ”にして市場に提供しなければならないという、いいプレッシャーになっています」
AIが人間にとって代わるのではないかという懸念についてはこう話す。「AIは一つの目標を人間が明確に設定し、これに対し物事の実行を最適化するのに大変優れた技術です。一方で人間は、創造性や感情、イノベーションなど、機械にはない長所をもっている。あくまでAIは、それを助けるために機能を発揮するのです。AIと人間は敵対するよりも、むしろ、共存、調和できる間柄だと私は思っています」
AIを敵にするのは、人間の意志ということか。彼の理想通りになることを願うばかりだ。
Appierのチーハン・ユーCEO / photograph by Hironobu Sato