企画展、アートフェア、オークションなど多彩な話題が飛び交うアートの世界。この連載では、毎月「数字」を切り口に旬なトピックを取り上げていく。中国のアートシーンはどんな様子なのか。あるビエンナーレを切り口にのぞいてみたい。

北京から車で約1時間、中国・ランファン市で「イノヴァ アートビエンナーレ vol.01」が開催されている。主催は、アートギャラリー、劇場、コンサートホールなどを包含する私設のイノヴァ美術館。中国政府も関与する「北京ビエンナーレ」がドメスティックに偏るなか、世界に開かれ、世界で評価される国際展を目指して立ち上げられた。
「まず準備期間が半年と短く、中国のスピード感に驚いた」と振り返るのは、本展でディレクターを務めた南條史生。中国のアートシーンの発展に貢献する国際的な展示を目指してほしいと、親交のあった張子康館長から依頼された。高さ20mを超える作品がすっぽり収まる巨大な美術館は、中国の企業家・王玉錠によって2019年に設立されたもので、建築は日本人の千鳥義典が手がけたものだ。
Andrea Del Guercio(イタリア)、Shen Qilan(中国)、沓名美和(日本)の3人のキュレーターを迎え、掲げたテーマは「多元未来一人生的新展望」。南條曰く、歴史を掘り起こすようなものでなく、未来志向で、テクノロジーを使った作品やイマーシブな作品が多い展示となった。参加アーティストは24カ国から82組で、その半数以上が外国人だ。

4章からなる展示のなかでもユニークなのが、第1章で「アートのなかでもより抽象的で異端な存在」とされる「音」を取り上げていること。沓名は、「昨年の韓国・光州ビエンナーレも、公共の音、群衆の声を意味する“パンソリ”をテーマにしていた。イノヴァ美術館でもヨーゼフ・ボイスの企画展を行い、ボイスの財団と新しい研究所をつくるなど、“音”で館を特色づけようとしている」と解説。
会場では、ボイスがアメリカで行った「コヨーテの檻のなかで2週間吠え続ける」パフォーマンスの映像や、中国の日用品たちが30の言語で数字を数える宮島達男の新作のほか、evalaや坂本龍一と真鍋大度によるインスタレーションも展示されている。
エントランスにそびえるレアンドロ・エルリッヒの気球を筆頭に、大型作品が多いのも本展の特徴だが、そのなかでも南條が推すのが、全長30mを超える池田亮司のインスタレーション。池田本人が訪れた際に「すべて使いたい」と希望して実現したもので、「一人のアーティストにこれだけの空間を使えることはなかなかない」大作だ。
今回、日本からの参加アーティストは11組と日本のプレゼンスも大きい。「冷え気味な日中関係において、文化交流が架け橋になれば」と南條は言う。
![池田亮司の新作《test pattern[n°15]》(2024)。高さ10m超、長さ40m超という同館最大の空間を、本人が訪れた際に「すべて使いたい」と希望して実現。電子データと音に体を 浸す没入型の作品だ。今回、日本からの参加アーティストは11組と日本のプレゼンスも大きい。「冷え気味な日中関係において、文化交流が架け橋になれば」と南條。Ryoji Ikeda 《test pattern [nº13],》 2017 (C) Ryoji Ikeda (C) Martin Argyroglo](https://images.forbesjapan.com/media/article/78473/images/editor/1b9e06da0b722459f172fd7bc638abbda9a39184.jpg?w=1200)
美術館に限らず、中国のアートはスケールが大きいのだという。あるアーティストは、「数百人のスタッフを抱え、そのなかには複数の通訳もいて、日本人が尋ねれば日本語の通訳をつけてスタジオ内をジープで案内してくれる」と沓名。南條は、ジャン・ホァンのスタジオで、巨大な庭を「大阪万博に出せないかな?」と相談されたと笑う。
単純な人口比でも日本の10倍のマーケットはあるが、その分、競争も激しい。政治的な制約もあるなか、作品についてうまく言語化でき、かつコミュニケーション力がないと上がっていけない厳しい世界でもある。
その中国では年間150近い美術館が開館している。しかし「文化施設をつくれば周辺の開発が優遇される」という理由からできた館も少なくなく、中身が伴わず、運営が続かないという課題もある。沓名は、今回「美大生が多く訪れているのが一番嬉しい」と話す。未来を担う若者がこの国際展に触れ、中国のアートシーンは今後どう変わっていくだろうか。