経済・社会

2025.03.26 09:15

バルト三国など対人地雷禁止条約脱退方針、時代精神と理想の間で悩む日本外交

Dmytro Larin / Shutterstock.com

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バルト三国とポーランドは18日、ウクライナ戦争でロシアによる侵略の脅威が迫っているとして、対人地雷禁止条約(オタワ条約)から脱退する方針を表明した。1999年3月1日に発効した同条約は対人地雷の使用、貯蔵、生産、移譲などを全面的に禁じている。外務省によれば、締約国は日本を含む164カ国・地域だが、米国、中国、ロシア、インド、韓国、北朝鮮などは加入していない。

対人地雷は敵歩兵部隊の侵攻を食い止めるうえで有効な装備とされる。非常に安価で、米軍が正式採用しているM18クレイモア地雷のように、1発数万円くらいのものもある。ウクライナ戦争でもロシア、ウクライナ両軍が対人地雷を使用している。自衛隊も冷戦期、ソ連の機甲部隊が歩兵部隊と一体となって侵攻してくることを想定し、対戦車地雷と対人地雷で食い止める作戦を採用していた。ロシアと国境を接するエストニアやラトビアなどにとって、対人地雷は必須の装備なのだろう。

ここで悩ましい態度を取ったのが、今年のオタワ条約締約国会議議長の日本政府だった。林芳正官房長官は19日の記者会見で4カ国のオタワ条約からの脱退方針について「強く憂慮している」とコメント。「議長を務める我が国として、引き続きこの条約にとどまることを期待します」と語ったが、4カ国に対する批判は控えた。

外務省幹部は「締約国会議の議長である以上、条約からの離脱を止める義務がある。でも、4カ国の置かれた現状や心情を考えれば、無責任な批判はできない」と述べ、日本政府の置かれた苦しい心情を説明する。

同じように日本政府が苦しい立場に置かれたのが、フランスによる「核の傘」拡大方針だった。マクロン仏大統領は5日、フランスの核の傘の対象を欧州同盟国に広げる議論に入る考えを示した。ちょうど米ニューヨークで核兵器禁止条約の締約国会議が開かれていたこともあり、一部で「核廃絶に反する動きだ」として批判する声が上がった。林官房長官は7日の記者会見で「政府としても多大な関心を持って注視してきている」とし、核兵器禁止条約の締約国会議の期間中に行われた発言だという指摘については「政府としてお答えする立場にはございません」と述べるにとどめた。

現にフランスの提案は、ロシアに対する核抑止力を高めるとして欧州諸国の大多数で歓迎されている。欧州の軍事情勢に詳しい東京外国語大学総合国際学研究院の吉崎知典特任教授は「歓迎されている背景を知るべきだ。ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国で、核保有国なのに核不拡散条約(NPT)の取り決めを無視し、ウクライナに侵攻して核兵器の使用を明言している」と指摘する。そのうえで「例えば、フィンランドが中立政策を捨ててNATO(北大西洋条約機構)加盟を決めたのも、米国との『核の共有』を望んでいるのも、政府の主導ではなく、フィンランドの世論が強く求めた、いわゆる時代精神の結果なのだ」と語る。

岸田文雄前首相が「ウクライナは明日の東アジア」と語ったように、日本もいつ欧州諸国と同じ緊張した状況に置かれるかわからない。折木良一元統合幕僚長らでつくる国家安全保障戦略(NSS)研究会は今月、「2022年国家安全保障戦略等のレビューと今後の課題」とする提言をまとめた。ロシアや中国、北朝鮮の核の脅威に直面する日本が「核に係る戦略指針」を策定するよう求めている。

被爆国の日本は他国に先駆けて核廃絶を訴える使命と責任がある。その一方で日本を取り巻く安全保障環境が更に悪化すれば、日本の世論もバルト三国やポーランド、フィンランドの世論のような時代精神に変化していくかもしれない。

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文=牧野愛博

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