ゲルティンガーが重視しているのは、ラグジュアリー体験の再定義だ。単にクルマを販売するだけでなく、顧客がブランドの価値を深く理解し、より長く関係を築ける仕組みをつくることに注力する。
彼が全国のセールス等の販売店スタッフと直接対話することで、メルセデス・ベンツの哲学を現場と共有してきたのもそのためだ。
「ラグジュアリーとは、単に高価なモノを所有することではなく、それを取り巻く文化や体験があってこそ成立するものです。その意味で、販売店と、そこに携わる人はブランドの顔であり、最も重要な接点になるのです」
販売店での体験を重視する取り組みのひとつとして、全国4カ所の販売店に「マイバッハラウンジ」の導入準備を進めている。ここでは、マイバッハのオーナーがクルマを購入するだけではなく、ブランドの歴史や職人技を体感できる空間を提供する。
「マイバッハのオーナーは、ブランドの歴史や哲学に共鳴し、その世界観に価値を見いだしています。ただ車を売るのではなく、特別な体験を提供し、“お客様の心を動かす”ことが私たちの役割です」

ラグジュアリーは、人がつくる
ゲルティンガーは、ラグジュアリーの本質を「人がつくるもの」だと考えている。その信念の背景には、ドイツ本社での経験がある。彼がマーケティング&セールス部門の取締役秘書室長に就任した際、取締役からこう告げられた。
「あなたがこの職務に就くことは、私にとっては意味がない。しかし、あなたにとっては大きな意味をもつ経験になる」
当時は「ずいぶん突き放した言い方をするな」と感じた。しかし、日を追うごとに、その真意を理解するようになった。すなわち、このポジションは成長する機会であることを取締役は強調したのだと。そしてメルセデス・ベンツではこうして人を育ててきたのだ、と。
この学びは、日本市場においても反映されている。ゲルティンガーはただ現場の声を聞くだけでなく、現場が主体的に考え、成長できる環境を整えていくという。
この「経験を通じて成長する」という考え方は、メルセデス・ベンツの哲学そのものでもある。その精神を象徴するのが、1909年の「シルバーアロー」のエピソードだ。
当時、レースカーの重量制限を超えたメルセデスのエンジニアたちは、車体の塗装を剥がし、アルミニウムの地肌をむき出しにすることで軽量化を実現し、見事勝利を収めた。新たな挑戦、大胆な決断を良しとする姿勢と経験により成長を促す。これは、ブランドのDNAとして今なお生き続けている。
ゲルティンガーは、今後もこの「攻めの姿勢」を貫こうとしている。それこそが、メルセデス・ベンツのやり方だからだ。
「市場は変化し続けています。トライ&エラーを恐れず、挑戦し続けること。これまでの成功体験にとらわれていては、新しい価値を生み出すことはできません」
ゲルティンガー・ごう◎メルセデス・ベンツ日本社長兼 CEO。2007年に入社後、販売店部や商品企画部、CRM、アフターセールスなどを経験。2020年よりドイツのダイムラーAG(現:メルセデス・ベンツ AG)の取締役秘書室長を経て、カスタマーサービス海外部門ディレクター。2024年9月より現職。