「物価の上昇は、インフレーションと同義である」というのが、現時点における経済界のコンセンサスだ。そして、米国において、上昇する物価を下げる役割を担う唯一の政府機関は、連邦準備制度理事会(FRB)だと考えられている。
しかし、このコンセンサスは危険だ。本来であれば物価こそ、市場経済が自らを律する手段であるはずだからだ。
実際のところFRBには、自らの意志で市場を遠隔操作することはできないのだが、その点はいったん置いておこう。そして、インフレとは市場価格の上昇、あるいは、政府が選んだ物価バスケットの上昇を指すものだと仮定して、この定義による「インフレ」を抑えるようにFRBに命じた場合、どんな厄介な事態が生じるかを考えてみてほしい。これは、エコノミストや専門家が、政府には「市場が示すシグナル、ひいては市場経済そのものをゆがめる力がある」と認めていることと同じだ。これは到底容認できない。また、言うまでもなく、物価が高いことは、本来の意味のインフレが起きている証拠とは限らない。
以下で説明していこう。
経済の仕組みがもはやトレードオフで成り立っていない、というなら話は別だが、そうでないのなら、あらゆる市場価格の上昇は、価格下落と対を成している。例えば、卵を買うのに今まで以上にお金を費やしている場合、当然ながら、他の商品に費やすお金は少なくなるはずだ。
ここからわかるのは、物価がインフレやデフレとまったく関係のない、ありとあらゆる理由で上昇したり下落したりするということだ。再び卵を例にとろう。卵の場合、鳥インフルエンザの流行は、価格上昇の大きな要因になるはずだ。これが「インフレ」だと言うなら、FRBは、「鳥インフルエンザによる卵価格の上昇」とも戦うべきなのだろうか?
こう問いかけてみれば、現在の経済界のコンセンサスがいかに馬鹿げているかわかるはずだ(と筆者は期待している)。
逆に、薄型テレビの価格は下落し続けている。これはデフレだろうか? まさか、そんなはずはない。新たなニーズが市場に反映されるなかで、価格の上昇と対を成す形で、別の商品の価格は下落する。これはポジティブなトレードオフだ。
繰り返しになるが、ここでの問題はエコノミストや専門家が、「物価高はすなわちインフレであり、インフレを是正する役割を担うのはFRBだけだ」と主張している点にある。
実際には、これに関してFRBにできることは何もない。価格の上昇や下落は大抵の場合、本来の意味のインフレやデフレの証拠ではない。加えて、価格を下落させるには、市場で流通しているモノの製造に関わる生産性を上昇させるしかないのは、言うまでもない話だ。これはすなわち、モノの生産に関わる人の手や機械の数を増やすかどうか、ということにほかならない。
FRBには、今挙げた取り組みを行なう能力もなければ、行なうよう要求することもできない。