ユーチューバー“Cateen(かてぃん)”としてもおなじみのピアニスト・角野隼斗。
コロナ禍で世界中にファンを増やし、現在はニューヨークを拠点に世界を飛び回って活動する角野だが、2024年は日本での公演に力を入れた年だった。この年、自身最大規模である全国23公演の日本ツアーを開催し、7月には武道館公演を成功させた。同所でのピアニストの単独公演として史上最多となる1万3000人の動員を記録した。
そんな角野が武道館公演に至るまでの3年間の歩みが、2月28日公開のドキュメンタリー映画『不確かな軌跡』で明かされている。
25年11月には世界最高峰のステージ、カーネギーホールでのソロリサイタルも控える角野。世界を舞台に、ジャンルの壁を越えて進化し続ける角野の現在地と、これから目指す未来について聞いた。
伝統と革新の境界線に立つ
──『不確かな軌跡』では、3年間にわたって密着が行われました。今改めて積み上げてきたキャリアを振り返って、自分自身の「強み」はどこにあると考えますか?
僕のように、クラシックの演奏を基盤としながら、新たな表現にトライする音楽家は多くありません。多くの人は、伝統を重んじて純粋にクラシックの世界を追求していくか、クラシック以外のフィールドで自分自身のユニークな表現を追求するか。ひとことで「音楽家」と言っても、そのあり方は大きく分かれています。
僕が立っているのは、その境界線です。どちらかにはみ出さないよう、境界を少しずつ広げながら、ギリギリのところで自分自身、そして音楽と向き合い続けています。一方に偏らないようバランスを取り続けることは困難でもありますが、それが僕の「強み」になっていると感じます。
今も変わらない自由さと好奇心
──映画の終盤で描かれていた武道館公演(2024年7月)に向けて、「自分の“変わらない部分”を表現したい」と話ししていたシーンも印象的でした。「変わらない部分」とはどのような部分なのでしょうか。
「自由さ」や「柔軟性」です。
特にYouTubeの活動に力を入れ始めた2020年頃は、キューピー3分クッキングで流れる「おもちゃの兵隊のマーチ」やモーツァルトの「きらきら星変奏曲」をアレンジして演奏したり、トイピアノや鍵盤ハーモニカ、シンセサイザーなど、多様な楽器を取り入れてみたり……。好奇心の向くまま、即興演奏を交えつつひたすら音楽実験を行なっていました。
活動の規模が大きくなるにつれて真面目な方向性に寄ってきた部分もあるのですが、根本にある「実験精神」は何も変わっていません。面白そうなものはとにかく全部試したいし、形にしてみたい。だからこそ武道館公演では、「変わらない自分」を表現することも重要なテーマのひとつでした。
──「好奇心」を持ち続けられるのも、強みのひとつだと感じます。
好奇心を持ち続けているからこそ、毎回「次は違う表現をしてみたい」という思いが生まれるんですよね。
たとえば同じ演目を何百回も弾いたら、いつか飽きてしまう怖さがあります。しかし聴く側は初めて聴く場合がほとんどなわけですから、その瞬間に生み出された“生きた音楽”を届けなければいけません。鮮度の高い音楽を生み出し続けるために、好奇心や向上心を持ち続けることは大切なんじゃないかなと思っています。