買収で学んだ「ピープル・ファースト」
──SDGsやESGの流れを受けて、「いい会社」像が変わりつつある。寺畠社長にとって、「いい会社」とは?寺畠:JTグループは、お客様を中心に従業員、株主、社会という4つの異なるステークホルダーに対する責任を高い次元で果たす「4Sモデル」を掲げている。4者から見た「いい会社」はそれぞれ異なるが、まずは社会にとって「いい会社」であることが重要だ。ESGの潮流のなかで、投資家はその会社が社会と接点を保ち、ある領域を担い価値を提供し続けているかどうかを見ている。その責任を果たすことが「いい会社」の必要条件だ。
そのうえで、私自身は従業員にとっての「いい会社」を重視している。従業員の競争力が会社の競争力になる。これは今に始まった話ではなく、以前からの信念だ。海外にいたときも、ピープル・ファーストだと言ってきた。
──海外のどのような経験から人の重要性に気づいたのか。
寺畠:1992年のマンチェスター・タバコ買収で、20代だった私は現地に赴任して統合や新工場建設にかかわった。このときは「JTのやり方はこうだ」と押し付ける部分があって、従業員のモチベーションは高まらなかった。その反省から、99年にRJRインターナショナルを買収して統合を担当したときは、新しくできたJTIをどうやったら強くできるかを社員と一緒に考えた。意識したのは、フェアとトランスペアレンシーだ。すべてのものをテーブルにあげて数字を見ながら客観的に議論した。その結果、JT側の工場を畳むケースもあった。「これは自分たちも一緒になってつくった計画だ」と実感してもらうことがモチベーションにつながった。
──当時の経験を現在、経営にどう生かしているか。
寺畠:2022年4月に実施した組織再編で、県単位で存在する営業支社に大胆な権限委譲をした。これまでは本社が一方的にプランを伝えていたが、県によってお客様や売れるものは違う。支社の自由度を高め、本社とやりとりしながらプランをつくれる体制にしたのは大きな変化だ。
──「JTは、いい会社」と思う瞬間は?
寺畠:昔から風通しがいい会社だった。秘書室長になったとき、現場にいたかった私は「こんな仕事はしたくない」というデモンストレーションのつもりで、当日まで社長にあいさつに行かなかった。えらく怒られたが、社長はのびのびと私を育ててくれた。
私は現場に行くと毎回、メンバーたちとミーティングや懇親会を行う。海外の社員はもとから熱烈に質問してくるし、控えめな日本の社員も懇親会になると「ここに手ごたえを感じている」「ここを改善してほしい」と素直な思いを伝えてくる。みんなが思いを直接ぶつけてくれるのは、風通しのいい証拠。みんなの話を聞くのは私にとっても元気のもとだ。
日本たばこ産業◎1898年の専売局設置に始まり、日本たばこ産業株式会社法によって1985年に設立。JTグループとして130以上の国と地域でタバコ製品を販売するほか、医薬や加工食品事業も展開している。
寺畠正道◎1965年、広島県生まれ。京都大学工学部を卒業後、JTに入社。英マンチェスター・タバコや米RJRナビスコの米国外事業の統合作業に携わり、2008年に経営企画部長。13年に取締役兼JTインターナショナル副社長、18年から現職。