「まずは地域の人たちがどのような関心をもっているのかを語り合うこと、そういう場をつくることが大切」と私が言うと、その人は「うちの地域は町の中心部から程よい距離で、暮らしやすい環境に恵まれているから、大きな課題はないんです。地域で取り組むべき社会的意義のあるテーマを示してほしい」と、その場を代表する意見かのように大声で言った。地域の福祉活動の一環として行われたセミナーだったため、その場には多くの女性が参加していた。彼女たちはずっと黙って話を聞いていたのだが、彼の発言を受けてひとりの女性が言い放った。「満足してるんじゃないんですよ。ずっと我慢しているんですよ!」。そこから、女性たちが次々と語り始めた。「今は運転できるからいいけれど、今後もし運転できなくなったらこのまちで暮らし続けることができるのだろうか」、「お盆には川縁で鐘を鳴らすのが風習だったけれど、今はまったく鐘の音が聞こえなくなって寂しい」など、日々の暮らしを通して感じていることを、「ささいなことだけど」と、恐縮した表情で話してくれた。
彼女たちの声は、これまでほとんど耳を傾けられてこなかったのだろう。しかし、こうした声こそが、地域の未来を描いていくための大切な資源なのであり、選択肢を生み出していくための豊かなアイデアの源泉となる。セーフティが欠けている場では、小さな声は拾い上げることはできない。
「セーフティ」確保のための場づくり
また、自治体職員が集まる話し合いの場ではこんなことがあった。近隣の複数の自治体が一緒に環境政策をつくるために、各自治体から数人、合計約20人が集まる会議に呼ばれ、最初の話し合いの場づくりを依頼された。参加者たちがどのような思いで会議に来ているのかを知りたかったため、会議を始める前に6つの質問に対して「はい」「いいえ」「わからない」の三択で答えてもらう簡単なアンケートをとった。そのなかで「地域固有の自然資源と聞いて思い浮かぶものはあるか」という質問には、6割の人が「はい」と答えた。一方で、「いいえ」あるいは「わからない」と答えた人がそれぞれ2割ずついた。まずは話しやすい切り口から対話をスタートしようと思い、「はい」と答えた人に対して、どのような自然資源を思い浮かべたかを聞いてみた。しかし、誰も発言しようとせず、沈黙が続いた。そうなると、余計に話しづらい雰囲気になる。まったく手が挙がる気配がないので、たまたまそのときカバンに入っていた「コミュニティボール」と呼ばれる毛糸玉を取り出した。これは哲学対話で使用される道具だ。「これからボールを回していくので、手元に来たとき、もしお考えになっていることがあれば、話してください。なければ隣の人に回してください」と言って、はじに座っている人に手渡した。自治体職員が集まる会議で使うのは初めてだったし、子どもじみていると非難されるかもしれないと思ったのだが、とにかく語り始めるきっかけをつくらなければと思った。最初にボールを受け取った人が話し始めた。「私は“いいえ”を選んだんです。正直、わからない。自然は豊かだけど、地域固有の資源ってなんなのか?」。