これらDAOには、私たち個人もmoleculeを通じて投資可能だ。その場合、同社が開発した「Catalyst」と呼ばれる資金調達エンジンを介して投資を行い、その対価として対象となるプロジェクトのIP-NFTを出資者は一部所有できる(暗号資産の種類はそれぞれのDAOによって異なる)。Molecule社によれば、現在195万ドルの資金を29のプロジェクトに投資しているとのことだ。
なお、最近では論文が生成AIで作成される事態が頻出していて、査読が大変になっているということも聞いた。そのため、査読へのインセンティブを支払うことも議論されていて、これにもDeSciの枠組みを用いることが注目されている。研究者によるプロジェクトへの貢献ということで、論文を査読した者にNFTを支払うことも可能なはずだ。
Ocean Protocolが示したデータの民主化と新市場
Moleculeのように、DeSciにおいてはデータ共有が欠かせない資源となる。そこで、データの共有化という領域において先駆的に取り組んできたシンガポールのOcean Protocol Foundationを紹介したい。私がOcean Protocolのオフィスを訪問したのは、同団体が創設されたばかりの2017年のことだ。彼らが入居するベルリンにあるインキュベーション拠点「Silicon Allee」にて、投資家からの紹介でOcean Protocolのメンバーと意見交換を行ったことがある。
同団体では企業や個人が保有するデータをNFT化し、データの置き場所を変えることなく、リモートで機械学習などができるようにしている。さらに、データの暗号化、有効期限の設定、価格設定などをユーザーが自ら行える。無論、ブロックチェーンを基盤としているため、データのプライバシーや改ざんについての対策も強化されている。
当時はまだ「web3」という呼称はなく、ブロックチェーンといった分散型テクノロジーを用いて「データ・エコノミー」を実現しようとする同社のような存在は唯一無二だった。私の目にもそれは非常に先進的に映った。
データ・エコノミーとは、個人や企業の活動から生み落とされるデータを資本とした新たな市場や経済のことを指す。正直なところ、私は当時、同社が掲げるデータ・エコノミーの需要は認めつつも、その参画者はごく一部に留まるのではないかと思っていた。
AIがさらに賢くなるためには、学習をするためのデータが重要であることに異論をはさむ余地はない。しかしながら、日々の経済活動から生み出された重要なデータほど、概して企業は社外に出したがらないと私は考えている。あるいは、その価値にすら気づいていない企業・個人のほうが多いだろうとも。要するに、ビジネスの現場で広く「データ・エコノミー」が浸透するには、時間がかかると感じていたわけだ。
しかし、私が見落としていた点もあった。そもそも、Ocean Protocolのユーザーは技術に疎い管理職ではなく、データサイエンティストやアナリストがほとんどだ。あるいは研究機関や大学に属する開発者たちが利用する。ゆえに、当時のわたしが抱いた疑問=「彼らのコンセプトは時期尚早ではないか?」という懸念は杞憂だったかもしれない。むしろ、そういった専門家たちが集って実績を積み上げてきたこの市場は、今後ますます勢いを増すであろう。