「アジアのベストレストラン50」の常連であるが、2021年には中国料理として初めて1位に輝いた。今年2024年は4位で、Icon Award、いわば功労賞にも選ばれた。「世界のベストレストラン」にも26位にランクインするなど、名実ともに香港を代表する料理家だ。
現在61歳を迎える氏の、功労賞の主な理由は世界中に広東料理のガストロノミックな素晴らしさを広めたことだという。中国料理といえば、世界三大料理の一つ、世界中どこへ行ってもチャイナタウンがあるほど身近な料理だ。しかし、特に欧米では中国料理というと、安くて早い手軽な料理という認識がほとんどなのだという。それを大きく変えたのが「The Chairman」というわけだ。
日本人にとっては高級中国料理というジャンルが根付いているため、いまさら世界に知らしめた? いや、もう充分に知れ渡っているのではないかという気がするが、世界の見解は異なる。
起業、コラムニストも経て
イップ氏のプロフィールを振り返ろう。香港の経済的には恵まれない家庭に生まれ、大学はオーストラリアに留学し、父親が会計士になってほしいと、経済学を学んだ。その間、アルバイトで中国料理店の厨房に入ったのが、料理との出会いだった。すぐさま頭角を現し、1983年には料理長に任命される。卒業後、友人たちとともに中国料理店を出店。すぐに繁盛店となり、数店舗に展開したが、1988年には店を売却し、香港に帰る選択をした。
いったん料理人としてのキャリアを脇へ置き、コンピューターの会社を立ち上げた。いわばIT企業の走りで、上場するまでに成功。15年ほどはその事業に専念したが、その間も食への情熱の炎は決して消えることはなかった。
「アップルデイリー」(雨傘運動によるデモで廃刊になった香港最大の民主派新聞)にフードコラムを書き続け、フードコラムニストとしても名を馳せ、そのコラムに影響を受けた料理人も数知れないと聞く。著述のためには古書にあたり、新しい情報を仕入れと、家には数千冊の料理本があるという。各時代の料理や食文化、食環境を客観的に見てきたことが、後年のイップ氏のクリエーションの爆発につながったに違いない。