経営・戦略

2024.10.15 14:15

物価とは何か。鳥貴族の「全品280円均一やめて株価上昇」から学べること

『物価とは何か』 (渡辺努著、講談社選書メチエ 758)

『物価とは何か』 (渡辺努著、講談社選書メチエ 758)

コロナウイルス感染症の波が襲った2020年春。多勢が「パンデミックで(人々が外出しなくなり、消費行動が鈍くなるため)デフレが起きる」と予測した中、「インフレが起きるのでは」と予測した学者がいた。「家庭で贅沢をしようとするむきが増える反面、人々が職場に行くのをためらい、供給が細るため」である。東京大学大学院経済学研究科教授(ハーバード大学Ph.D.)でマクロ経済学が専門の渡辺努氏だ。

結果的にインフレは起きた。

総務省が先月発表した「2020年基準 消費者物価指数」によれば、物価総合指数は「2020年を100として109.1」である。石破首相も先週の閣議でさっそく、物価高対策を含む経済対策の取りまとめを各閣僚に指示した。

渡辺氏の2022年の著作『物価とは何か』(講談社選書メチエ 758) から以下、2017年10月、28年ぶりの価格改定に踏み切った鳥貴族の例をひいて「値上げ」について考えた箇所を引用、紹介する。


一円の値上げも許さない消費者の出現

このように(※編集部注:「日本では他国と違い、デフレ下で価格硬直性が高止まりする」という現象を解説した前段を受けて)、日本の価格硬直性は、趨勢的なインフレ率の低さだけでは説明できません。だとすると、足りないピースは何でしょうか。

※前節で議論した、価格と価格の相互作用がそれだろうと私は考えています。相互作用の候補としてはいくつか考えられるのですが、私がこれまで接した中でもっとも説得力があるのは、青木浩介が奥田達志、一上響との2019年の論文で提示した仮説です。

青木仮説は次のような状況を考えます。消費者がいつも使っているお店に、ある商品を買いに行ったとします。値札をみるとわずかですが思っていたよりも値段が高い、つまり値上げされていることに気づきました。このお客さんはどのように反応するでしょうか。

最初に、この国のインフレ率がそこそこ高い、たとえば米国のように年間で2〜3%程度上昇している場合を考えます。このお客さんは、この店で買うのをいったんやめて他の店で値段を調べてみようかと考えます。

※ですが、物価が全般に2〜3%上がっているのですから、他の店でもこの商品は値上げされているかもしれません。他店ではもっと大幅に上がっている可能性すらあります。それに、他店まで行くのは時間も手間もかかります。あれやこれや考えて、このお客さんは結局他店に行かず、この店で当初の想定より少し高い値段で買うことにします。

次に、物価全般の上昇率がゼロの状況を考えます。先ほどと同じく、お客さんは馴染みの店で、買おうと思っていた商品の値段が上がっているのを発見し、考え込んでいます。他店に行ったとして、そこではもとの安い値段で売っているでしょうか。先ほどとは異なり、今度は、他店に行けばもとの安い値段で買える可能性が高そうです。なぜなら物価全般の上昇率がゼロだからです。この店で値段が上がっているのは何かの特殊事情によるもので、他の店にそうした事情がなければ、もとの値段で売っている可能性が高いということです。このお客さんはこの店で買うのをやめ、他店を当たってみることを選択します。

2つの状況の違いは、物価が全般に上がっているか否かです。もう少し正確に言うと、今日の物価が全般にどうなっているかに関する消費者の「予想」が違っています。
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