グランプリには、福井経編興業、 帝人、大阪医科薬科大学の3社が手がけた、心・血管修復パッチ「シンフォリウム」の共同開発が選出された。
異なるカルチャーの組織が手を組み、1 社では成しえなかったインパクトを世の中に起こしていく──挑戦者たちの物語を紹介しよう。
作家の池井戸潤が執筆した人気小説『下町ロケット』続編として、町工場が心臓疾患の子どもを救う新たな医療機器開発に奮闘する物語のモチーフとなった医工連携チームがある。世界の医療業界でも「絶対に必要だが、これまで実現しなかったパッチ」開発をなぜ成功させることができたのか。
「同じ絵」を見て難題に挑む
「目指すゴールの先でどんな光景が待っているのか。困難なミッションを乗り越えるときは“同じ絵”を共有して進みたい」先天性心疾患の子どもらを救う心・血管修復パッチ「シンフォリウム」。その開発プロジェクトで、帝人の開発チームを率いた十川亮(そがわ・りょう)はそう語る。「SamePage(同じ絵)」。2019年ラグビーW杯の日本大会でアイルランド、スコットランドなど世界の強豪を撃破した日本チームのヘッドコー チ、ジェイミー・ジョセフが繰り返した言葉と、はからずも重なった。相手の防御ラインを突破する次のシーン。その“絵”を全員がイメージできているか。シンフォリウムの開発プロジェクトを象徴する。
開発チームは大阪医科薬科大学病院の小児心臓外科医・根本慎太郎と、その日本大会でフォワード陣の桜のジャージー生地製作を担った従業員約90人の繊維会社福井経編(たてあみ)興業、プロジェクトに約50人を投入した繊維大手、帝人の3者。ゴールで待つ“絵”を示したのは根本だった。
根本は先天性心疾患の手術のスペシャリスト。この疾患は100人に1人の割合で起き、多くの患者は新生児や幼児のうちに心臓の隔壁の欠損部をパッチで閉鎖する手術や血管の狭窄部を拡大する手術を行う。問題は成長後も再手術が必要になることだった。ピンポン玉大の幼児の心臓は、成長とともに8倍の大きさになり、パッチのサイズが合わなくなったり、異物反応によりパッチが劣化したりするためだ。
「本人にも家族にもリスクの大きな手術を『もう一度』というのはあまりにも酷。医者にとっても手術を完遂させるリスクと労力が大きく、本当につらい」。根本自身、幼児期から手術を重ねた末に失った息子がいる。患者と家族の苦しみを誰よりも理解していた。「パッチが自分の組織に同化して、最終的には成長に合わせて伸びることが出来る、そんな製品ができないか」。
患者の苦しみに直面してきた根本は「理想のパッチ」を夢見てきた。体内で細胞と一緒に伸張し同化するパッチのイメージを約10社の医療機器メーカーに伝え、開発を打診したが、リスクが大きく高い技術が要求される案件にどこも見向きもしなかった。あきらめかけていたある日、福井県の繊維会社が人工血管を開発しているという新聞記事に目が留まった。それが福井経編だった。
「周りの社長たちは『やめたほうがいい。リスクが大き過ぎる』と止めたが、新規の分野に挑まなければ業界にもうちにも先がない」。専務(現社長)の髙木義秀は根本からの連絡を受けてすぐに病院に駆けつけ、話を聞いた。その後、心臓手術のオペを見学に訪れる。