本書の第5部では米国南部の文化的・宗教的な価値観を規定する見えない境界線の事例として、「バイブルベルト」に関するサムソン氏の興味深い考察が読める。サムソン氏はこうした「見えない境界線」が、現在は多様な価値観に晒されながら動的に変化していることも見逃すべきではないと述べている。
南北・東西地域の経済格差の概念も見つめ直す必要がある
大学の講義の中で若い学生たちとディスカッションを交わしていると、サムソン氏は特に「宗教観」が世代により大きく様変わりしていることを実感するという。その一例として「学生たちとのフィールドワークを通じて、現代の人々は宗教施設にとらわれることなく、自然のモニュメントなど言わば自然の中の湖や山など『聖地』にもスピリチュアルな思いを抱いていること」が見えてきたそうだ。南北・東西地域の経済格差の概念についても、資本や人財の交流が活発に行われるグローバル化された現代の視点から見つめ直す必要があるとサムソン氏は指摘する。
「アジアには現代も厳しい宗教的、政治的なルールを守っている国や地域があるが、それらの国や地域が特定の地域を経済特区として発展させて大きな力を付けてきた。あるいはテクノロジーやエンジニアリングで急速な成長を続けている国や地域もある。経済的な視点から見ても、アジアの『見えない境界線』は大きく変わりつつある」
地政学リスクと地理学の結び付き
サムソン氏は英国の出身だが、今まで長く米国に研究と生活の拠点を構えている。米国では英国ほど地理学に対する周囲の関心は高くないが、一方で米国は「見えない境界線」がそこかしこに存在しており、地理学の研究対象として非常に「熱い」エリアなのだという。一般的に米国は多民族国家であると言われることが多い。だが実際にはさまざまな土地から米国に集まった、別々の人種・民族によるコミュニティが各都市に点在するように形成されている。こうした米国の歴史にも密接に関わる地理学の最前線で活躍する、サムソン氏の生の考察に触れられることも本書の魅力だ。
サムソン氏は「地理学のマニアックな知識やトリビアをひけらかすことが本書の目的ではない。手に取ってもらったみなさんの興味に沿って、地理学のおもしろさを多面的に伝えられるように幅広いテーマを盛り込んだ」と胸を張る。筆者は昨今、特に注目が高まる地政学リスクと地理学の結び付きに注目しながら本書をさらに深く読み込もうと思う。
連載:デジタル・トレンド・ハンズオン
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